86 意外な出会い
正月休暇を貰ったのに、元日はあまり体が休まらなかった。遅寝を楽しんだ二日目は、お昼過ぎに宿屋を出た。
清水の舞台に向かうと、未来と違わぬその姿に感動した。ここで写真を撮ったっけ、懐かしいなぁ。
遅い昼食にニシン蕎麦をいただき、産寧坂の途中で陶磁器屋さんに寄り、揃いの湯飲みを買った。
「この坂は安産を願う坂らしいぜ? 今は大変な時期だが、いつか子供は欲しいなぁ。千穂は嫌か?」
「ん〜私も欲しいけど、あと二年は待ちたいかな。この血が遺伝するの、やっぱり怖いけどね……。
左之助さんとの子なら大丈夫って思ってる。欲しいだけ産んであげるから待っててね」
「二年か、分かった。楽しみに待ってる。子供の怪我が早く治るのは大歓迎だろ? 怖がるこたぁねぇよ」
何も聞かずに合わせてくれる気遣いが嬉しい。左之助さんだって、二年と言われればその間に何があるか
気にならない訳がない。でも、彼は絶対に聞いてこないし問い詰めない。
排卵日を予測し、危険日は避けているのも、きっと気付いているはずだが、何も言わない。
付き合う前から優しい人だとは思っていたが、付き合ってさらに実感し、結婚した今はその懐の深さに驚かされる。
きっといいお父さんになって、私の父みたいに不思議な血の事を子供に優しく伝えてくれるだろう。
年を取ったら井上さんみたいになるんじゃないかしら? そんな事を考えながら歩いていたら、人にぶつかり、
慌てて謝る。顔を上げて相手を見れば……不知火さん? えっ、不知火!?
「おっ、あん時の嬢ちゃんじゃねぇか。今日は女姿か。……っと、殺気向けんなよ! 原田。
正月だ、楽しくやろうぜ。こっちだって無粋な真似はしねぇよ。おい女、お前原田の嫁になったのか?」
「お蔭様でね。八瀬のお千ちゃんとこに身元を引き受けて貰ったの。千鶴ちゃんと三人、今じゃ親友よ?
だからあきらめろ、もう来るなって風間に言っておいて。俺様ぶりを直さないとモテないわよって」
「ハハハ、風間の奴、女鬼から総スカンだな。ざまあみろ、お坊ちゃんにはいい薬だ。
だが人間に嫁ぐなんて後で泣くだけだぜ? 利用されて痛い思いするか、気味悪がられて捨てられるか。
……これでも色々見てきたからな。おい原田、次に会う時は敵同士だ、覚悟しとけよ!
お前が戦で死んだら後家になったこいつは面倒見てやっから、人間同士で好きに殺し合っとけ、あばよ!」
そういい残し、身を翻した不知火は人ごみの中へ消えて行った。まったく、なんて奴なの!
「くそっ、好き放題言いやがって!! ……なぁ千穂、あんな言葉、信じるなよ?
そうじゃねぇって事、俺が一生かけて証明してってやるから。大丈夫だ、指きりしたろ?」
一番考えたくない所をズバズバ言われて、鉛を飲み込んだような気持ちになっていたが、
左之助さんは即効性の特効薬で私を救い上げてくれた。うん、きっと大丈夫!
……あと二年で片がつくって事か。原田は千穂の言葉を受け、薩長の動きと照らし合わせた。
先を知ってて付いて来るってのは、どんだけ辛いことだろう。なのに俺を選ばせちまった。
体の秘密も、千穂も千鶴も誰にも話した事がないと言っていた。人に嫌われるってのは結構堪えるもんだ、
新選組で仕事をして嫌ってほど味わってる。それほど怖がってるのに、俺を信じて話してくれた。
その秘密が遺伝すると分かってて子を産むのは、勇気が要るだろう。だが俺となら何人でも、とまで言ってくれた。
一人がなにより嫌なのに、戦う俺を止めずに待ってる。帰って来てとは言われるが、行くなとは絶対言わない。
やばいな、俺よりよっぽど強いじゃねぇか。ここまで惚れた女に覚悟決めさせて、応えられなきゃ男じゃない。
しかも、不知火に後釜に座られるなんて冗談じゃねぇ! こいつの隣りは俺の場所だ、譲れない。
「……こりゃ絶対死ねないな」
「ん? 左之助さん、何か言った?」
ちっこい癖に胆のでっかい恋女房に、素早く口付けを贈る。
「いや、何でもない。腹くくっただけだ。大分日が傾いて来たな、宿に戻ろう」
柔らかく小さな手を握り締めれば、キュッと握り返してくる。ホント、どこまでも可愛いな。
夕飯が楽しみな千穂と、その後が楽しみな俺は、急いで宿に戻った。
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