85 恩賞と休暇(※15歳以下の方は飛ばして下さい)
師走も半ば、井戸水での家事に凍える手をさすりながら、千穂はさっきの会話を思い出していた。
「制札の件で手柄を立てた原田に、恩賞が出たぞ。旨いもん食うなり何か買って貰うなりしろ」
「そんな、欲しい物なんてないし。それよりお正月に休みを下さいよ」
旦那の上司に休みを要求する妻なんて前代未聞だろうが、土方はあっさり笑って快諾してくれた。
鬼副長もたまには話がわかるじゃん、と失礼なことを考えつつ、迎えるお正月が楽しみになった。
「原田、正月は千穂を連れてどっか行ってこい。伊東が幹部を取り込みに動いてる今、将を得んとすれば馬って事で
あいつから落とそうとする可能性もある。伊東には新八を宛がうから、千穂はこっから離せ」
「分かった、それなら正月は有難く休みを貰う。あいつは風呂が好きだからな、どっかいい所探すわ」
裏でこんな会話があった事も知らず。滅多にない連休に夫婦で出掛けられる幸運を喜んでいた。
伊東さんが厄介な動きをしているのであまり遠くには行けないが、八坂神社の近くに宿を取ったから、
元日は暮れるまでに着くよう出発しよう。そんな案を左之助から聞かされたのは、晦日の大掃除の時だった。
八坂さんならすぐ帰れるのに泊まりは贅沢じゃない? と一応建前で遠慮してみたが、内心は万歳三唱。
近いながらも夫婦揃って初めての旅行。屯所を出て元日の空いた通りを二人で歩いていると、晴れ着の家族とすれ違う。
私達も夫婦に見えるかな? 久しぶりに着た女物は、結婚を機に袖を詰めたので一応若奥さん風だ。
茶屋でみたらし団子を食べたり、祇園で年始の挨拶回りに忙しい舞妓さんや芸妓さんの晴れ姿を見物しながら
のんびり歩いて八坂神社に向かった。参拝を終えて宿に入ると足を洗い、部屋に入って夕餉を待つ。
「湯豆腐が美味いらしい。飯の前に湯浴みに行こう」
左之助さんに誘われるまま付いていくと、小さな家族風呂。上目遣いに首をかしげると、
「贅沢だろ? 湧き水が近いから内風呂なんだ。一緒に入るぞ、ほら早く」
「ええっ、一緒に!? でも、湯船小さいよ? アッ……ん」
抗議の言葉を唇で塞がれ、手早く着物を脱がされていく。女物の帯解くの、なんか手慣れてないですか!?
恥らう暇もないまま抱えられ湯船に浸かる。手拭いで隠そうとしたら、勿体無いと怒られた。勿体無いって……。
薄暗い浴室に響く水音と、左之助さんの荒い息遣い。体が熱いのは湯のせいか、夫の手のせいか。
次第に声を殺すのも苦しくなり、左之助さんの指先が高みに誘う。
「一度楽にしてやるから、力抜け」
言われるままされるがままに理性を手放し、悦びに震えた。
まだ放心する私を湯船から引き上げると、左之助さんがニヤリと笑う。
「本番は飯の後だから、酒はほどほどにな?」
予告? 宣告? を受け、覚悟を決めた。明日は銀閣寺まで行きたかったが、清水寺までにしよう。
「あっ……やだっ」
声を殺す努力も空しく、引き摺り出された快感に翻弄される。
行灯の火が顔を照らすのが恥ずかしく、顔を背けようとするのに、顎をつかまれ戻される。
「恥ずかしがるなよ、もっと顔を見せてくれ。……いい眺めだな。可愛すぎてどうかなりそうだ」
突き上げる動きを止めず、眺める左之助さんが恨めしい。
強すぎる刺激から逃れるように捩る身体を、ぐいっと引き寄せられれば、真っ白な世界に落ちていく。
「すげぇ熱い、お前」
耳元で囁く声に意識を戻され、まだまだ足りないとばかりに揺すられる。
ぶつけ合い混ざり合いながら、大きな波の予感に身を震わす。
「どうしよ……また……」
「ああ、俺もだ。よすぎて限界……だっ」
左之助さんの、堪えるように歪む顔が愛しくて、襲ってくる悦びに背中を仰け反らせながら、淡く笑んだ。
「大丈夫か?」
「分かんない。けど朝起きたら分かると思う」
逞しい腕の中で左之助さんの匂いに包まれ、体を丸めて擦り寄る。
小窓の障子から薄い光が差し込み、朝が近いことを知る。私の目線に、左之助さんも気付く。
「悪かったな。ちっとばかし、はしゃぎ過ぎた。起こしてやるから体休めろ。」
「左之助さんは寝ないの? あんなに……したのに」
「ハハ、一晩寝なくたってどうってことない。日が昇ったら湯を貰ってくるから、気にせず寝とけ」
頭を撫でられ目を瞑ると、疲れが押し寄せて睡魔に負けた。体力が違うんです。
目が覚めるともう昼だった。寝ている間に私の体も拭いてくれたらしい。
恥ずかしいので小声で礼を言い、手早く身支度を整えた。軽くトワレもつける。
「今日はどこに行く?」
「清水さんまで。たぶんそれ以上は無理」
「……分かった、悪かった」
左之助さんは恨めしげに睨む私を見て察し、気まずそうに頭を掻いた。
ごめんな? と照れながら謝る左之助さんは、大きな子供みたいで、思わず吹き出した。
「フフフ、もういいよ。旦那様に愛されてて幸せです。
でも今日も休みだなんて、本当にいいのかな? 正月だからって土方さん気前良すぎ。
後が怖いよ、当分休みくれなさそうで」
「いや、大丈夫だ。土方さんもお前には甘いからな。滅多にない機会だ、楽しもう」
伊東の野郎に捕まっているであろう新八を気の毒に思いつつも、
左之助は千穂と夫婦水入らずで過ごせて嬉しかった。
帰るまでは、独り占めだ。
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