82 新婚さん

梅雨が終わり、京に再び暑い夏がやってきた。汗を拭う度に、Tシャツ短パンで過ごせないのが恨めしい。

日差しを避け、僅かに涼しい木陰で千鶴ちゃんと繕い物をしていると、巡察から戻った新八さんがやって来た。

「大変だ! 家茂公が逝去なすった。また荒れるな、こりゃ」

また一つ、歴史が動いた。徳川将軍は十五代まで。慶喜公が登場すればもう幕末も残り僅かになる。

言えない不安に俯くのを誤魔化すように、針を進める。このまま時が止まればいいのに。

出来ない事を望む自分に苦笑する。仕方ないよね、平和は万民の願いなんだから。



乾いた洗濯物を畳み、各部屋へ配る。汗をかくこの時期、幹部の分だけでも抱えると前が見えないほどの量になる。

足元も見えない為、恐る恐る歩いていると、急に軽くなり視界が広がる。

「多いな、手伝ってやるよ」

洗濯物を半分取ったのは、左之助さんだった。疲れて帰っても嫁を手伝う。夫の鑑みたいな人です。

江戸でも京でも男所帯だから慣れているらしい。正直、助かります。

祝言を挙げてから。最初のうちは皆も遠慮してたが、次第になれて今じゃすっかり元の生活だ。

唯一違うのは、夕餉の後に戻る部屋。夜の巡察に送り出す時が一番寂しい。特に死番の日は、寝付けない。

そんな時は気遣って、新八さんや平助なんかがよく飲みに誘ってくれるが。流石にそれは断っている。

命がけで働いてる時に、お酒なんて飲めないよね。代わりに、戻った左之助さんには普段より甘える。

これは皆には内緒。寝て待てと言われても寝付けないのを知ってるから、左之助さんも特に優しい。

「ん? なに笑ってんだ?」

「ううん、無事帰って来た左之助さんを見る度に、幸せだって思うの。フフフ、お帰りなさい」

「ああ、ただいま。俺も待ってるお前んとこに帰る度、おかえりって言葉で幸せんなるな。

 ちょっと来い、こっち」

辺りを見渡したと思うといきなり、空いてる部屋に引っ張り込まれる。いや、洗濯物が……。

「んっ」

屈んだ左之助さんが、私を後ろから抱き締めて口付けてくる。

細かく啄ばみ、深く探り、甘いお菓子を食べるように笑みを浮かべながら。

「ハハハ、ご馳走さん。幸せそうに笑う奥さんが可愛くて仕方ないんだ。続き、今夜な?」

赤い顔をしてまだ余韻に浸る私の顔を覗き込み、耳元で囁く。実はこれも、日常。

夫婦なのに自由に触れねぇんだ、ちょっと補給させろ、と言われたのが始まりで、時々人目を忍んで甘い時間を作る。

そんな左之助さんが可愛くて、構ってくれるのが嬉しくて、抵抗できないのだから私も同罪だ。

結局、何をしても何を言っても嬉しくて幸せなのが、新婚なのだ。だって幸せなんだもん。



夕餉と湯浴みを済ませ、片づけを一通り終えると部屋に戻る。先に戻った左之助さんは手酌で一杯やっていた。

「お疲れさん、髪拭いてやるよ。手拭い貸してみろ」

濡れている私の髪を手に取り、手拭いで優しく水気をとっていく。やがて手が止まり、うなじに息がかかる。

甘い口付けが首筋に落とされ、気付けば布団の上。視界には天井と、熱っぽい目で見つめる左之助さん。

「お酒くさいよ?」とからかえば、「お前も酔え」と唇が重なる。

応えるように足を絡ませれば、息遣いと衣擦れの音で夜が更けていく。

明日起きられるかな? そんな心配が頭をよぎるが、体力自慢の夫に流され、今夜も寝不足です。





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