81 今日からは

祝言の翌日は事情により朝寝を楽しみ、昼餉を頂いてから店を出た。指を絡めて手を繋ぐ。

屯所まで歩くだけの、短い短い新婚旅行。それでも嬉しくて、何度も目を合わせ二人で笑いあった。


今日からは夫婦だね。末永く、よろしくね?


二人で戻り、昨夜の礼を伝えると、なぜか皆赤い顔をして言葉少なになる。

いや、そりゃ私だって恥ずかしいけど、皆さん過剰に反応してませんか?

怪訝な顔をする私に、左之助さんが堪え切れなくなったように笑い出した。

「プッ、ハハハハハ、いや悪い。わざとじゃないから怒るなよ? 絶対もうしねぇから。

 ……明け方、寝てるお前の首筋に、痕つけたんだ。夜につけたのが消えてて悔しくてつい、な。

 それがちょっと位置が悪くって、見えてんだ。ごめんな? 痛っ、謝ったじゃねぇか、勘弁してくれ。

 ……きっともうじき消えちまうんだろうな。それだけはちょっと残念だな」

信じらんない! ぺしっと背中を叩いたが、確かにそうだ。体質ゆえ、きっともうじき消えるだろう。

内心、私もちょっと残念だったり……。なんて、ね?



左之助さんは近藤さんに報告や礼を言いに行き、私は新居となる部屋に、荷解きに行った。私物なんて僅かだが。

部屋の隅に置かれた鏡台の前に座り、自分を覗き込む。映っているのは、二十歳の私。

時渡りも若返りも、来た時は絶句したけど……。今は神様に心から感謝したい。

いや、あの数珠のおかげか。なら、離婚した事にも感謝しなきゃ。あの孤独感が私を導いたのなら。

今日この日のために全部あったのだと思えた。



片づけを済ませ、部屋を出るとお勝手に急ぐ。そう、ここは屯所です。浮かれて仕事は放り出せない。

すでに支度を始めていた斎藤君の横に並び、洗っておいてくれた野菜を切る。

しばらくは、火のはぜる音や野菜を刻む音だけが響く。ふと、視線を感じて横と見ると、なにやら言いたげだ。

「どうしたの? 斎藤君?」

「いや、言おうか言うまいか迷っていたんだが。言っていいことだろうな、これは。

 あんた、祝言を挙げて綺麗になったな。元々整った顔立ちだが、纏う雰囲気が変わった。

 一日でこう変わるものかと、驚いた。それだけなんだが。ん? 何故笑う? おかしな事を言ったつもりは無いが?」

「クスクス、いえ、ありがとうね。なんかあんまり真面目に言うもんだから、綺麗とか。

 まるで桜の木でも眺めているような調子だったからおかしくって。ごめんね、笑ったりして」

「いや、そうだな。桜を眺めているようなものだ。誰だって綺麗だと思うだろうし、事実だから口にしたまでだ」

天然なのだろう、彼のこの真っ直ぐさは。事実だと言ってくれるなら、有り難く褒め言葉を頂戴しておこう。



支度を済んでお膳を並べれば、お腹を空かせた面々が次々広間にやってくる。

温かい笑顔、元気な笑い声、賑やかな食事。普通の新婚生活に無いこの雰囲気が今はもっと嬉しい。

「千穂さん、なんだかとっても嬉しそうですね。幸せ一杯って気持ちが溢れてて、こっちまで嬉しくなります」

「うん、だって幸せだもん。大好きな皆がいて、大切な左之助さんがいて、私がいて。

 大きな家族みたいじゃない? 一人じゃないって幸せだよ」

「こんなむさ苦しい連中と食事して幸せだなんて、本当に千穂ちゃんは変わってるね。

 僕なんか、付き合い長すぎて飽きちゃった」

「それはこっちの台詞だっつーの!」

総司が茶々を入れ、平助が突っ込む。笑い声が響き、おかずの取り合いが始まる。

この先色々あるけれど、今は存分にこの平和なひと時を楽しもう。


屯所は今日も、のどかです。






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