77 八瀬の姫と真実

鬼でしょう? と聞かれ、思考がストップした。なんで……なんで知ってるの?

お千ちゃん、あなた、誰?



「はぁ〜、皆そんなに固まらないで! ほら、おめでたい話の途中なんだから、ね?

 ……ごめん、騙すつもりはなかったんだ。同胞って分かって、気になって。少し……調べてたの。

 あのね、実は……私も鬼、なんだ。由緒ある家柄の。それでね、二人も同じく、そういう家の出だと思うの。

 ううん、思うんじゃなくて、事実そうなの。雪村家は……東で一番の、鬼の血筋です」

明かされた事実は途方も無くて。あまりによく知っている事柄と、信じられない情報が、うまく結びつかない。

「どういう事だ?」

左之助さんは、私達を守りたい気持ちから、険しい顔をする。



お千ちゃんは、鬼の話をしてくれた。私達の知らない雪村家の悲劇を。

戦闘能力の高い鬼は古来より日本にいたが、時の権力者たちに利用されたり、逆にその力を恐れられたりして、

次第に数を減らしていった。雪村家も、戦に協力する事を拒み、滅ぼされたのだ、と。

そして、全滅したと思われていた所、本家の娘が生きているとの情報が入り、探していたのだという。

それが千鶴ちゃんだった。でも・・・・・・と続ける。

「千穂さんの事は調べても分からなかったの。どの系譜にも載っていないし」

それはそうだろう、系譜、とは過去の家系図だ。載っていたらおかしい。

左之助さんの目を見て、頷く。言うね、全部。この子なら、お千ちゃんなら、何か分かるかもしれない。

「実はね、私、文久三年の十二月に、時を渡って未来から来た、千鶴ちゃんの子孫なの。

 同じ家紋の物を持ってるから、見てもらえる? 今まで誰にも分からなかったから」

懐の小袋から、瑠璃の数珠を取り出す。千鶴ちゃんと同じ家紋。彼女なら分かるはずだ。

「・・・…雪村家の数珠ね、これ。時渡りの数珠、そう呼ばれています」

お千ちゃんの顔が変わる。古より京を司る鬼の一族の、姫君の顔に。

「言い伝えによれば信長公が所持していた物で、恋仲だった当時の雪村家の姫君に贈られたそうです。

 名前の通り、持ち主が時を渡ると言われていました。作用するのは多分、雪村家の姫君の危機。

 未来の姫君が千穂さん。そして、現在の雪村家の姫君は……千鶴ちゃん、あなたよ。

 二人とも、何か心当たりはあるかしら?」

「……千鶴は、親父さんが失踪して京まで探しに来て、保護されたとこだった。

 千穂は……ハァ〜、言いたかねぇが、元亭主との離縁状を出すところだった。

 ついでに言うと、こっちに来る時に千穂は九歳若返ってる。本当は、中身は今年二十九だ」

代わりに左之助さんが答えてくれる。羅刹の話を避ける為だろう。後わたしに離婚の話を言わせない優しさから。

「……そうだったの。きっと、その二つが両方作用したのね。二人の声に感応したんだわ、きっと。

体が変わったのは、恐らく時渡りで歪んだ空間を移動したせいでしょうね。他に説明がつかない。

 ねぇ、千穂さんはもう、戻る気はないのよね? 原田さんと生きるなら、残るつもりなんでしょう?

 なら、この数珠は私に預からせてくれないかしら? 厳重な保管を約束するわ。でないときっと……

 あなたに何か起きた時、何の前触れもなく帰ってしまう可能性があるから。

 必要かもしれないと感じた時や、どうしても使わなければと思った時は、必ずお返しします。

 これは、八瀬の千姫として、誓いましょう。同じ姫として、鬼として。鬼は決して、約束を破りません。

 原田さん、使う日が来ない事を祈るけど、もしもの時は彼女の意志を優先します。分かって下さいね」

鋭く強い千姫の視線に、同じく力強い目で、左之助さんが頷く。

「ああ。千穂が戻りたいって時は、千穂自身か……自惚れでなけりゃ俺に何かあった時だ。

 こいつさえ守れたら、俺はどうなってもいいが。……で、もう一つ確認しておきたい。

 八瀬の千姫としてのお前は、風間の味方か? 仲間か?」

「ん〜〜痛い所突きますね。同胞だけど、一緒じゃないわよ? えっとね、女鬼が少ないのは知ってるでしょ?

 で、血筋の良いのはもっと少ないの。だから……千鶴ちゃんも私も、お嫁さん候補なのよね、実は。

 私は時期尚早って言って、縁談はどこからのも保留中。今は我侭を通してるの。いつかは選ばなきゃいけないけどね。

 でも、二人にはそんなしがらみに巻き込まれず幸せになって貰いたいかな。私は、無理だから。

 生まれた時から責任を嫌ってほど叩き込まれて育ってるからね、受け入れてる。まぁ、そういう事です」

溜息をついたお千ちゃんは、もうどこにでもいる年頃の女の子に戻っていた。

父が結婚を大反対された話や、二条城での風間の言葉なんかを思い出して、色々合点がいった。

「そうか。嫌なことを話させてすまなかった。粗方、予想通りだったがな。

 これはお千ちゃんとしてのあんたに言うが……恋、諦めんなよ?

鬼とか人とか血筋とかじゃなく、幸せになれる相手を選んでくれな? 俺と千穂みたいに、な」

「フフフ、それは私からもお願い。左之助さんなんて、決死の覚悟で打ち明けたのに、

 傷が残らなくていいじゃないかって言ったんだから。だから、お千ちゃんも幸せになってね?

 それじゃあ、数珠は千姫様にお預けします。本当に、ありがとう。

 籍の件も、帰って相談してから、お返事させてもらっていいかな? よろしくお願いします」

「あーあ、やんなっちゃう。結局惚気るだけ惚気て終わっちゃうんだもん。……なんてね。

 八瀬の姫なんて持ち上げられてるけど、同じ年頃の友達もいない寂しい青春送ってるんだから!

 だから、すっごく嬉しかったの。二人に会えて。お願い、これに懲りずにまた来てね?」

「「もちろん!」」

私も千鶴ちゃんもお千ちゃんが大好きだ。言われなくともまた来るだろう。

帰り際、更に言ってくれた。人間の戦いに加勢せざるを得ない風間達は、当分千鶴ちゃんに構ってられないだろう、と。

鬼の歴史から考えるに、風間達も好きで加勢してる訳ではないのだろう、そう考えると複雑だった。



左之助さんと手を繋ぎ、幸せをかみ締めながら歩いた。千鶴ちゃんも、我が事のように喜んでくれて。

今日なら言える。お父さん、お母さん、私は今、世界一幸せです。





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