76 春の訪れ
去年は引越しでバタバタしていて祝えなかったが、今年はお西さんでの生活も軌道に乗っているし、
焼けた京の町も少しずつ再建され始めている。という訳で、桃の節句に女の子で集まる事にしました。
島原でお世話になったお礼をしたいと連絡したら、お千ちゃんから、なら是非家に来てとお誘いを受けたのが一月。
すぐに伺えばよかったんだけど、中々都合が合わず延び延びになっていた。
だが、今日は自分達でやるから、と井上さんを筆頭に皆が快く送り出してくれた為、甘える事にした。
紅葉狩りの時に借りた茶屋で女物に着替えると、お菊さんが迎えに来てくれた。昼間に見ても色っぽいな。
流石にこんな美人には目を奪われるんじゃ? と左之助さんを見たが、気にする風でもなく内心ホッとする。
付き添いが必要だと同行を買って出てくれたのに、私も大概失礼だよね、ごめんなさい。
「ん? どうした?」
「何でもない、自分の心の狭さを実感してたとこ」
「いや、千穂は寛大だろう? 新八達と飲みに行っても何も言わねぇし。信頼されてんだなって思うぜ?」
ああ、今は耳が痛い。
着いたお屋敷の大きさに、そりゃ縁談も来るし急かされるわ、と納得した。八木さんちも広かったけど……。
「千穂さん! 千鶴ちゃん! こっちこっち〜〜!!」
門をくぐってなおまだ遠い玄関の方から、お千ちゃんが元気良く手を振る。気取らないお嬢様っていいよね。
通された広間には豪華な段飾りのお雛様がドドーンと設置され、見るからに高そうな花瓶に桃の花が生けてある。
持ってきた菓子折りを土産と呼んでいいものかと恐縮するほど、机には菓子やご馳走が並んでいた。
「女の子ばかりで申し訳ないけど、良ければ原田さんもご一緒してね? フフフ、お菊から聞いてますから」
お千ちゃんに言われ、島原に泊まった翌朝を思い出す。そう、文と着替えを持ってきてくれたのはお菊さんだったのだ。
あの時は恥ずかしさの余り、寝たふりをして左之助さんに対応してもらったんだっけ。変な汗が出るよ!
「ああ、ありがとうな。それじゃあ遠慮なくそうさせて貰うよ。こんな美人達に囲まれて、皆に恨まれそうだがな」
「あら、本当に綺麗だと思ってるのは一人の癖に。お菊、原田さんにお酒を。後、私達には甘酒をお願いね」
「ええ、承知しました。では皆様ごゆっくりお寛ぎくださいね」
優雅にお辞儀すると、奥へと下がって行った。
運ばれて来た飲み物で乾杯し、女子会が始まる。
「千鶴ちゃんも千穂さんも、着物がとってもお似合いね。袴もいいけど、やっぱり女の子はこうでなきゃ!」
「フフフ、ありがとう。お千ちゃんもいつも素敵だね。京友禅かな? 羨ましい位よく似合ってる」
「千穂さんもお上手ね。ところで、千鶴ちゃんと千穂さんっていとこか何か? ほら、母方が同姓でしょ?」
よく覚えてるな〜、そういえばそんな話をしたっけ? でもどう答えよう? 悩んでると代わりに千鶴ちゃんが言った。
「うん、同じ血筋なの。私にとっては姉様みたいなものかな。すごく可愛がって貰ってるの」
「そうなんだ、やっぱり! でも、不躾だけれど、二人とも今、親御さんがいないんでしょ?
新選組は男所帯だし、良ければうちに来てくれてもいいのよ? 原田さんごめんなさいね、けして悪く言う気は無いの。
ただ、何かと不自由じゃないかと気になって。それにほら、こんなに広いお屋敷だから、寂しくって」
少し難しい顔をした左之助さんも、最後の言葉に目が優しくなった。
「悪いな、お千ちゃん。こいつらは大事な預かりもんなんだ。それに……千穂は無理だ、嫁にするからな」
「っ! 左之助さん!! って……左之助さん?」
「ああ、わりい。勝手に決めちまって。いずれちゃんと頼むつもりだったんだが、今でもいいか?」
居住まいを正し、いつになく真剣な顔つきになった左之助さんは、私の目を見て切り出した。
「千穂、俺の嫁さんになってくれ。本気で惚れるってのがどういう事か、お前に会って初めて知った。
……愛してる。結婚して、ずっとこの先も俺と生きてくれ。必ず幸せにする」
「左之助さん……」
こんな場所で公開プロポーズ? とか、そんな事はどうでもよかった。幸せで、幸せで……。
幸せすぎて、涙が溢れた。
「ひっく、ほ、本当にいいの? 途中で消えても知らないよ? 私、変な体だよ? きっと遺伝するよ?」
「馬鹿だな、全部ひっくるめて、お前だろ? そんなお前の不思議な所も何もかも、まとめて愛してるんだ。
返事、今は無理か? 考える時間が欲しいなら待つさ。ハハハ、今までだって散々待ったしな!」
「いい! 待たなくていいっ! 左之助さんの、お嫁さんにして下さい。……愛してるの。
だから、一緒に生きたい! 離れたくない!!」
後から後から零れる涙を、左之助さんが優しく拭ってくれる。まさか、プロポーズされるなんて。
全部受け止めてくれるなんて、どこまで優しいんだろう、どこまで甘やかす気だろう。
やがて涙が止まり、見詰め合う私達に、咳払いの音が聞こえた。そ、そうだ!! お千ちゃんに千鶴ちゃん!!
「「おめでとうございます!!」」
なぜか少し貰い泣きしている二人から、同時に祝福の言葉を貰う。は、恥ずかし〜〜ぃっ!
でも、きっと幸せ過ぎて麻痺してるんだろう。今は、何もかもが嬉しくって。
「ありがとうね、二人とも。どうしよう、幸せ過ぎて怖いくらい」
「ああ、きっかけくれて、ありがとな。帰ったら近藤さんに報告して、具体的な事は後から決めよう。
色々あるし、ちゃんとするからもう少しの間、俺に預けてくれな? 籍も作るし。な?」
優しく髪を撫でて、額に口付けを一つくれる。頬を染めて頷く私を見る目は、どうしようもないくらい愛しげで。
彼に付いて行こう、心に誓った。
「そっか、それならもう、何も言わない。ごめんなさいね、要らぬ世話を焼こうとして。
でも、覚えててね。私はいつだって味方だから。何かあれば相談してね? 籍がないって言ってたけど、
ひょっとして、人別帳に名前が無いとか? それなら心配しなくても、うちの分家に入れてあげられるし」
「いいのか? 確かに新選組に繋がりのない所に入れるつもりでいたが……。なんでそこまでしてくれるんだ?」
「……言うつもりは無かったんだけど。さっきの言葉を聞いたから、たぶん知ってるのよね?
千鶴ちゃん、千穂さん、あなた達……鬼でしょう?」
「お千ちゃん……なんで……」
空気が凍った。
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