75 祝福のつもり

慶応二年一月、薩長が同盟を結んだ。まるで、少しずつ曇っていく空を眺めている気分だ。

それが悪いわけではない。雨が降らないと作物が実らないように、未来への布石の一つなのだから。

だけど、平和な時代に生まれた千穂にとって、あと二年で迎える戦乱はやっぱり恐ろしかった。



朝、冷え込みのきつさにいつもより早く目が覚める。かれこれ一年半続けていた朝の自主トレも寒さには勝てず、

年が明けてからは、左之助さんが巡察に行って留守の昼間にやっている。だって渋い顔するんだもん。

年末の島原で関係が一歩前進してから、更に過保護っぷりに磨きがかかった気がする。愛ゆえに?

寒さに負けて二度寝を諦め、なら早目に朝餉の支度をしてしまおう、と着替えてお勝手に向かう。

やんごとなき事情により朝晩逆転の生活をしてる山南さんに、早く食べて寝てもらおう。

薪をくべ、手早く火を熾しながら、来た当初を思い出しクスリと笑う。今じゃ考えられないくらい不器用だったな。

「何朝っぱらから一人で笑ってるの?」

振り向くと、戸口に総司がいた。びっくりした〜、本当に気配がしないんだよね、凄いと思う。

「ああ、火熾しで思い出してたの、最初の頃の事。手伝ってもらってたよね? 今じゃ考えられないなって思って」

「本当に。最近じゃもう、どこから来たか忘れそうな位完全にここの人だよね。千穂ちゃんならいい奥さんになりそうだ」

「アハハハ、お世辞言っても何も出ないよ? それに、嫁ぐよりここにいる事を選んだんだから。当分ないでしょ」

「左之さんって意外とそういう願望あると思うんだけどな。まだそういう話しないの?」

「はぃ?」

流石に、去年の五月末から付き合っていれば、自然と周知の仲なわけだが……総司から聞いてきた事はなかった。

結婚うんぬんより、左之助さんとの仲を話題にしてきた事に驚いた。それが表情に出たのか、

「本人に聞かないからって知らないわけじゃないし、ずっと触れないでいるのも不自然だと思ってさ」

問う前に答えた。まぁ……確かに。元々嘘も隠し事もしない左之助さんは、食事の席でも最近じゃずっと隣りだ。

何より、目が口ほどに物を言っている。総司がからかってこなかったのが不思議なくらい。

「しないんだね。まぁ時期とかを考えて保留してるんだろうけど。出来る時にしとけばいいのに」

「好き勝手言って、もうっ! そりゃいつかはって思うこともあるけど、まだ早いんじゃない?」

「いつかは……か。君に幸せになってもらいたい僕の気持ちも汲んで欲しいんだけど? いつかっていつ?」

なんでこんなに突っかかってくるんだろう? 相手に言われてもいないのにどうしろと?

何だかイライラしている総司を見て、ふと思い当たる。ひょっとして、病状が進行してるから?

だから、「いつか先の未来の話」に苛立つのだろうか? 自分には先がない、と感じさせてしまったのだろうか?

「総司……ひょっとして……」

「ハァ〜、違うよ。僕はまだ生きる事を諦めていないし、大丈夫! そうじゃなくって……。

 夫婦になったら、流石に認めるしかないかな、ってね」

「認めるって?」

「ホント、君って聡いんだか鈍いんだか。もういいよ、左之さんと皆の方を焚きつけるから。

 皆が揃っている今、祝福してあげたいんだ。千穂ちゃんが未来から来たこと、忘れてなんかいない。

 僕だって馬鹿じゃない、ずっとこのまま、こんな毎日が続くと思ってないから。君が証人、でしょ?」

本当に総司は聡い。そして意地悪で、優しい。

「……答えられないけど、ありがとうね。うん、本当に永遠なんてないけど、今の暮らしが続けばって思う。

 そうだね、じゃあその時はお祝いしてね? 左之助さんとは違った意味で、総司も大切だから。

 ずっと支えてきてもらったし。今も充分幸せだけど、応援してくれる気持ちは有難く受け取るね」

幸せになって欲しい気持ちを汲んでくれ、という総司の言葉は、何よりの祝福だった。素直に感謝する。

嬉しい気持ちでまな板の野菜を刻み始めた私は、総司の瞳をよぎった寂しさに気付かなかった。



「違った意味で、か。ちょっと苛めたくなったよ。隠すのが上手なのも、善し悪し、かな」

戸口を離れて部屋に戻りながら、かつて恨みっこなしで、と言った自分を撤回したかった。

労咳になっていなければ、今彼女の隣りにいるのは自分だったろうか? 考えて、首を振る。

千穂ちゃんは、最近本当に幸せそうに笑う。その笑顔を引き出したのは左之さんだ。

でも……折角だから、祝福のつもりで左之さんの部屋に、蛇でも放り込もう。

うんうんと頷き総司は自室に戻って行った。やっぱりただで認めるのは、癪だった。



山南さんに食事を持って行った帰り、屯所に響き渡る絶叫と、

「総司ぃ、てめぇどういうつもりだ!」

という左之助さんの声を聞いた。朝から、元気だなぁ。

自分の発言が総司のやや黒い悪戯心に火をつけたとは知らず、朝餉の配膳に戻った。





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