64 対峙する
「ほう、気付いたか。さほど鈍いというわけでもなさそうだな」
「何か御用ですか? 今夜こちらは関係者以外の方は入れない事になっています。今、人を……」
最後まで言い終わるより先に、浅黒い肌で青髪の男が音もなく目の前に降り立った。
「おっと、人を呼ばれんのは困るな。いや、人なんざ障害にもならねぇんだが。こっちにも事情があってな」
その時、逞しい体躯で赤髪の男がこちらに一礼した。
「お初にお目にかかります。私は天霧と申します。かねてから、そちらのお嬢さんを探していたのですよ。
……雪村千鶴様、ですね?」
「わ、私に何の用ですか!?」
私の後ろで、千鶴ちゃんが答える。……怯えている。私が守らなきゃ。ごくりと唾を飲み込む。
「この子に何をするつもりか知りませんが、お引取り下さい!」
「ほぅ、威勢がいいな、女。確か池田屋で会ったか。刀も持たず、また仲間を庇うか。ククッ、面白い。
とって食いはせん。気を静めろ。お前も鬼なら、西の頭領に楯突く意味、分かっていよう?」
「風間さん、でしたか。あの時も東の者とか同胞とか分からない事をおっしゃってましたけど。……鬼って?」
「……そうか、鬼を知らぬか、興味深いな。身元は分からんが、気が濃い。おそらくそれなりの血筋だろう。
お前も共に来い。同胞の元で作法を学んだ方がよさそうだ。天霧、連れて行け」
「風間、拙速ですよ。お二人にはどうやら自覚がないようです。ここはひとまず、我らが敵でないことを教えなければ。
あなた方は……直ぐに傷が治りませんか? 人間とは思えないほど早く」
「「どうしてそれを!?」」
私も千鶴ちゃんも、ひどく動揺した。なんで知ってるの? 鬼って何? この人達は敵? 味方?
「怯えないで下さい。女鬼は貴重です、できれば丁重にお迎えしたい。
……我らは同胞。あなた方の敵ではない。今はやむを得ず人間に組してはいますが、いずれ離れる。
人と鬼は、本来相容れないのです。どうか一緒に来て下さい。血の濃いお二人なら、歓迎されましょう」
「でも鬼だなんて、そんな! 知りません!」
「アァ? なんなら試しに傷の一つも作ってみっか? ……チッ!」
青髪の男が身を翻し、距離をとる。
左之さん、斎藤君……よかった! 駆けつける二人の姿を視界の端に捉える。
さらに後ろに、歳さんの姿もある。安堵のあまり、膝が崩れ落ちそうだ。でも、まだ油断出来ない。
「不知火、余計な事をするな。認めようが認めまいが、事実は変わらん。鬼は鬼だ。
雪村の姓と、東の小太刀、そこに刻まれた家紋。そしてなにより、その濃い気。証拠として充分だ。
天霧、不知火、じき邪魔が入る、急げ!」
天霧が千鶴ちゃんの横に降り立ち、不知火の手が私に伸びた時。
高い金属音と共に斎藤君の刀が天霧を制し、左之さんの槍が不知火の喉元を捉えた。
互いにすかさず間合いをとり、にらみ合う。
間に合った!!
「てめぇら何してやがる! 将軍の首が狙いかと思えば、一体、こいつらに何の用だ!!」
歳さんが刀を抜き、風間を牽制する。一触即発のビリビリとした緊迫感が漲り、誰も動けない。
その時、背後に人の気配が……と思ったら、山崎さんだった。
「副長達の心配は無用。君達を屯所へ送る。付いて来てくれ」
この場から離れるよう、指示をする。
「なら千鶴ちゃんを先に!! 早く! 急いで!!」
「君も来てくれ、今のうちだ!」
「千穂さん! 千穂さんも!!」
千鶴ちゃんが私の手を掴もうとするが、一瞬遅かった。不知火が気付き、黒い銃口がこちらを向く。
撃たれる! 反射的に、目を瞑った。けれど、痛みも衝撃もこない。恐る恐る目を開けると、
槍の穂先と銃口が互いの急所を定め、左之さんと不知火が挑発的な視線を絡めている。
「おっと、おまえの相手はこの俺だ。千穂に銃を向けたからにゃ、覚悟は出来てんだろうな!」
「原田か、久しぶりだなァ、禁門の変以来か? 野郎との再会なんて別に嬉しかねぇけどよ。相変わらず短気だな、ハハハ」
三組の睨み合いに幕を下ろしたのは、天霧だった。
「風間、これ以上長引いて興が乗っては困ります。確認は叶いました、引きましょう」
「……分かった。田舎侍共、雪村千鶴とこの女はお前らには過ぎた物。いずれ連れ帰るからそれまで大事にしろ」
「ま、引き際は肝心だわな。原田、勝負はお預けみたいだ。楽しかったゼェ! 嬢ちゃんも待ってろよ!」
「「「待てっ!!」」」
三人を追おうとするが、ひと蹴り跳躍すると、石垣の上に降り立ち、音もなく闇の中へと消えていった。
その瞬発力、身体能力に目を見張り、誰もいない暗闇を見つめ続けた。
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