62 帰還と酒宴

歳さん、斎藤君、総司、平助が帰って来る。平助と手紙のやり取りをしていた千鶴ちゃんは、そわそわしてる。

今日戻る、という日は朝から仕込んで手間暇かけて、夕餉の支度をしていた。食べさせたいのはもちろん……


「あ〜やっぱ千鶴の飯はうめぇ〜! 新八っつぁん、ぜってー取るなよ! ずっと食ってたんだろっ!」

お膳ごと食べそうな勢いの平助。控えめに照れる千鶴ちゃんは、とっても嬉しそう。ずっと待ってたもんね。

皆揃ってお酒を頼み、そのまま酒宴へ雪崩れ込む。歳さんまでお猪口を受け取り、随分機嫌がいい。

私と千鶴ちゃんで、労いの気持ちを込めてお酌してまわる。私はついでに、返杯も受ける。



「お帰りなさい、土方さん。隊士さん増えましたね〜、責任重大だ! 里には寄ったんですか?」

「ああ、甥っ子を入隊させようと思ったんだが……姉貴にこっ酷く叱られた。のぶ姉はおっかねぇぞ?」

「クスクス、鬼副長を叱るお姉さんですか、会ってみたいですね〜、話が合いそう」

「ああ、きっと馬が合う。……髪、切ったんだな」

「ええ。……左之さんが切ってくれて。上手ですよね。もっと短くしたかったんですけど、止められちゃった、フフフ」

「っ!……そうか。留守の間ご苦労だった」

ほんの僅かな変化だった。だが、その僅かな変化が心を騒がせた。原田の事を話す時の、千穂の目。

何かが芽生えかけている、女の目になった。原田か。あいつなら、譲れる……か?

変若水の事を知られた時。このままではまずい、と思った。もうこれ以上、千穂を闇に引っ張り込みたくねぇ。

だから……だから自分は距離を置こうと決めた。俺の行く道に、こいつを連れて行けねぇ。

ならせめて。こいつなら、と思える奴に。……だが、まだ諦めるのが惜しいと思う自分も居て。

揺れる気持ちを振り切るように、お猪口の酒を飲み干した。



「お疲れ様、総司。辛い仕事だったね。……あれから彼は元気だよ。生きてるのが幸せだって言ってた」

「幸せ、か。じゃあ、僕のやった事も無駄じゃなかったわけだ。よかった。ッ、ゴホッ! コホッ!」

「大丈夫!? お酒でむせた? お水、持って来ようか?」

「いや、大丈夫。……ちょっと疲れたみたいだ。先に休むよ、ご馳走様」

去年の暮れぐらいから、咳が出るようになった。皆にはもちろん、千穂ちゃんに特にばれないように気を遣ってる。

最近は体がだるく、寝汗がひどい。たまに熱っぽいこともある。たぶんこれは風邪じゃなくて……。

でも、認めたくない。居場所を失いたくない。それに自分の新選組での立場も、影響力も知っている。だから……。

まだ、大丈夫。僕は戦える。僕は……ここにいる。



「斎藤君、お疲れ様。平隊士が増えたから稽古も大変になるね。そういえば家紋の件、調べてくれたんだって?」

「ああ、同一の物が他には無い、という事しか分からなかった。すまん。だがこれで、都築と雪村が

 同じ一族というのは確定に近いだろう。直系かは分からんが」

「ありがとうね、手間かけてくれて。沢山飲んでね!」

実は他にも分かったことがあった。瑠璃の数珠ははるか彼方の異国から大陸を伝って入ってきた物で、

徳川の治世に鎖国を初めて以後貿易は国の管理下にあるから、一般には出回っていない。

そんな品を、なぜ一介の町娘が持っているのか? とにかく、雪村と都築の出自には謎が多い。


「左之さんも、どうぞ。平助が戻ってよかったね。酒盛り大好き三人組! って感じがするもん。

 どうせまた、お祝いだとか何とか言って島原に繰り出すんでしょ? 私も一度行ってみたいな〜」

「酒は好きだし、付き合いで行くかもしれねぇが、それだけだぞ? 女断ちしてるからな。……お前だけだ」

「ちょっっ! こんな所で何言うのよ! 聞こえたらどうするの!?」

「ん? 俺は別に気にしないが。事実だしな。嘘は嫌いだし隠し事も苦手だ。知れたって構うもんか。

 どうせ総司と土方さんは知ってるし。お前を男として守るつもりだって宣言しちまった、ハハハ。

 随分前だぜ? そうだな……去年池田屋に討ち入る、その前ぐらいだったか」

「ええぇっ!? だって、土方さんにも総司にも冷やかされた事ないよ? 普通からかうじゃない、特に総司」

「お前……気付いてねぇのか? いや、いい。先手打って正解だったってこった。

 正々堂々、真正面から行く。それが俺のやり方だ。島原、一緒に行きたいなら今度連れてってやるよ。

 いい酒を出す店があるんだ。その時は二人で、な? お前から言い出したんだから、約束だぞ?」

「ん? ……うん。アハ、まいったな、言質とられちゃった」

慌てふためき頬を染める千穂。……可愛いな。こいつに全部持っていかれちまいそうだ。

気持ちを伝えた時は早すぎたと思ったが……矢倉に感謝だな。おかげで、気にするようになってくれた。

顔を赤らめる千穂を眺めながら飲む酒は、格別に美味かった。





[ 62/156 ]

 

頁一覧

章一覧

←MAIN


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -