59 妹の決心

そろそろ峠を越えそうだ。そんな井上さんの報告を受け、皆で広間に集まった。

「あとは起きるのを待つだけだ。死ぬか、狂うか、正気に返るか……」

土方さんがそう告げると、皆押し黙った。私だって何も言えない。ただ、結果を待つ時間が長かった。




「おはようございます。朝からお集まりですか? 昨夜は騒がしかったようですが……何か存じませんか?」

入ってきたのは伊東参謀だ。昨日の言葉を思い出し、悔しくて睨みつけそうになり、慌てて下を向いた。

隙を窺っている彼の前で感情を露わにすれば、容易に食いつかれそうだし、今はかわす自信がなかった。

短い沈黙の後、斎藤君が顔を上げた。

「お察しの通り昨夜屯所で騒動があり、現在その経過のため、待機しております。

 参謀には、改めて今夜席を設けご報告させて頂こうと協議した次第です。

 結果が出るまでしばしお待ち頂ければ幸いです」

伊東さんはスッと目を細めると、クスリと笑った。

「分かりました、そういう事にして差し上げましょう。ご報告、楽しみにお待ちしてますね?」

クスクスと笑いながら去って行った。まるで読みが当たったと言わんばかりに。

「九尾の狐、だね」

総司が言えば、皆も頷く。近藤さんすら、複雑そうな顔をした。



「皆さん、ご心配をおかけしました」

振り返ると、戸口から青白い顔の山南さんが姿を現した。よかった! 正気だ!!

「いや、生きて戻ってくれてよかった!」

近藤さんが嬉しそうに肩を叩くと、山南さんは眉を寄せて微苦笑した。

「ありがとうございます。ですが少々だるいですね。日に弱くなると……隊務は難しいでしょう。

 同じく夜を生きる新撰組の管理を、引き受けます。昼を生きた山南敬助は、昨夜亡くなりましたからね」

「それしかねぇか……」

「ええ、私が責任を持って、薬と彼らの存在を隠蔽します」

「分かった、なら、山南さんに任せる」

瞠目した後、土方さんが了承する。山南さんは、一礼し、私の方に向き直った。


「千穂……辛い思いをさせて申し訳ありません。あなたの思いに、期待に応えるにはどうも、

 私は弱すぎたようです」

「…………兄様の馬鹿!!」

どう言おう、どんな顔しよう。散々迷っていたのに。気付いたら山南さんの胸に飛び込み、抱きついていた。

「っ! ……まだ兄と、呼んでくれるんですか?」

「知らないっ! 本当に馬鹿な事してっ!!」

「ええ、相変わらずの大馬鹿者です」

「だから……もうこれ以上馬鹿な事をしでかさないように、兄様は私がお世話します!!

 次勝手な事したら、大声上げて泣いてやるんだから!」

睨みつけるように見上げた彼の表情は、大きく驚いた後、嬉しそうな困ったような、でも優しい顔になった。

「あぁ、それは困りますね。もう一度あなたを泣かせたら、今度こそここから追い出されてしまいます。

 笑顔を守れるよう、努力すると約束しましょう」

そう言うと、頭を下げてそっと私の額に口付けた。




「ええっ!? いや、山南さんと千穂ちゃんってそういう仲だったのかよ!?」

「永倉君、話を聞いてなかったのですか? ……もともと即興の小芝居から始まったんですが。

 私と千穂は兄と妹、なんですよ。どうもそれが気に入って抜け出せなくなってしまいましてね、フフ」

「だったら口付けはいらねぇだろ!」

左之さん、なんだかとても機嫌が悪うございます。

「牽制です。兄の目を盗んで手を出す不埒な輩がいないとも限りませんからね?」

「どうやったら許可が出るんです? 山南さん」

心なしか、総司も拗ねている。

「許可など……。そうですね、ずっと彼女のそばにいてやれて、幸せに出来る方がいいとは思いますが」

「チッ、そんな奴新選組にいるかよ!」

土方さん、眉間に皺が寄ってますよ?

「どうでしょうね。結局最後は千穂の気持ち次第でしょう。この子はこうと決めたら、引きませんから」

体を離し、私と視線を交わす。

「さて、幽霊は夜に出るものと決まっています。昼の今は、お暇しましょう。

 千穂、これからも彼らをよろしくお願いしますよ?」

「はい!」



どうなるかなんて、誰にも分からない。でも今は。山南さんの顔に戻った穏やかな笑顔が嬉しかった。






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