58 新しい朝

伊東派に知られるのを防ぐため、各自が持ち場に着くことになった。歳さんは近藤さんの所に向かった。

千鶴ちゃんは張り詰めていたものが緩んだせいか気を失うように眠ってしまい、斎藤君が運んだ。

新八さんは薬を飲んで隠れ住んでいる「新撰組」の見張りに行った。

私は、左之さんと表へ出た。外は凍るほど寒かったが、満天の星空が綺麗でしばらく眺めていた。



「なぁ……お前、まだ俺たちのこと、好きか?」

言外に、アレを知ってもまだ、という含みがあった。そうだな……どうなんだろ?

「幕命なんだよね。受け入れるしかなかったんだって考えたら、皆が可哀想になった。

 もう存在してる物を否定してもどうしようもないよね?そこにあるんだから。

 事情はどうであれ、アレ飲んで気の触れた元同僚を見るの、辛いよね。実際……山南さん、怖かった。

 薬を飲んだ人も作った人も、皆一言じゃ言い表せない気持ち抱えてるんだろうけど。

 大事な皆には、やっぱり飲んでほしくない代物だと思った。ううん、絶対に飲ませたくない。

 今は複雑だけど……嫌いにはなれないよ、今更。この一年間、色々あったけど幸せだったし。

 やっぱり……好きなんだと思う」

「そっか。……ありがとな」

左之さんは、安堵の表情を浮かべた。やっぱり、知られるの不安だったんだろうな。

 「俺は……飲まねぇ。今、絶対飲まねぇって決めた! 千穂に辛い思いさせたくねぇ……。

 そんだけじゃなく、元々、あんなもんあっちゃいけねぇって思ってる。だってどう考えたって

 おかしいだろ? 死なない、なんて。斬られたら死ぬ。その覚悟もって、戦ってる。

 薬でちょっと延ばしても、人の生き血啜ってまで命つなげたくねぇよ。そりゃ人間じゃねぇ。

 だが……山南さんはう飲んじまったしな。吐けって言っても無理な話だ。待つしかねぇ。

 ごめんな、千穂の大事な山南さん守れなくて。でもあの人は並みの隊士と違って強いからな。

 そう簡単に薬に負けないさ。きっと……きっと戻って来られる。だから待とう。な?」

私はたった一年だけど、皆はもっとずっと山南さんと過ごしてきたんだ、辛いに決まってるよね。

でも、左之さんの言葉を聞いて、ホッとした。アレを、おかしいと思ってくれてる人がいてよかった。

非常識も、日常化すると常識みたくなってしまう事がある。慣れっていうのかな? でも、ちゃんと冷静に、

変若水はおかしな物だと疑問を持ち続けてくれている。その感覚は、失ってほしくないよ。

皆はどうなんだろう。何かあった時……手を出してしまうのかな。

慶応……江戸時代最後の元号。明治は目の前。戦いも、もうすぐ。新選組の最後まで、あと数年。

だめだ、考えてももう動き出してるんだし。走り出したら止まらないんだから。

今はただ、山南さんの無事を祈ろう。



「にしても真冬の深夜に外は寒すぎるよ、芯から冷えてきた!」

「俺があっためてやろうか? なんてな、ハハハ、虫が良すぎるか。隠し事はバレるわ、山南さんは止められねぇは、じゃな」

「それはもう……いいよ。事情は分かったし。止められなかったのは私もだし。あっためてもらおうかな」

「なんだよ、逃げんの諦めたのか?」

「アハハ、馬鹿! 一時休戦でどう? 私は甘えたい。左之さんは美味しい思いがしたい。条件合うでしょ?」

「そういう事か。じゃあ役得を楽しませてもらうとすっかな」

そう言うと、左之さんは大きな体で私を包み込むように、後ろから抱き締める。あったかいな、人って。

「あ〜駄目だ、さっきまで絶対山南さんのこと起きたら叱り飛ばしてやる! って思ってたのにな。

 何言えばいいかわかんなくなちゃった。だって一番大きな罰をもう自分で受けちゃってるんだもん」

「だな。助かれば腕は治るんだろうが……大きな代償だな。前とどっちが不幸か分かんねぇくらい。

 それでも生きてりゃいいこともあるさ! ……助かってほしいな、山南さん」

「うん。助からなかったら許さない!」

「ハハハ、そりゃこえぇな。おまえに嫌われるくらいなら意地でも戻ってくるだろうさ。

 あの人は千穂に滅法弱いからな」



やがて空が白み始める。長く辛かった夜が、明ける。






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