57 変若水

何の権利がある? と聞かれ、唇をかみ締めた。唇に、赤い血がじんわりと滲み出る。

「おい千穂、お前血がっ……!」

左之さんが驚いている。構わない、どうせすぐ治るんだから。


「知る権利……それを今更あなたが、あなた達が聞くの? 私に?」


広間の沈黙を破ったのは、千鶴ちゃんだった。

「父が作ったと……。あの薬は父が作ったと山南さんが言いましたっ。本当なんですか?」

「言っちまったのか、くそっ! ……今から話すことは、極秘事項だ。口外すれば、殺すしかなくなる。

 それを分かってなお聞く気があるなら、そこに座れ」

土方さんが……歳さんが……副長の顔になった。





変若水……怪我がすぐ治る魔法の薬。しかも筋力を増強する。つまり、馬鹿力になる。

でも、副作用が大きい。日に弱くなり、夜行性になる。時には血を欲しがり、気が触れたようになると、

野生の肉食獣のように襲い掛かる。その時はさっきみたいな白髪赤眼になる。

薬は幕府が持ち込み、密命により鋼道さんが生体実験を新選組で極秘裏に進めていた。

その鋼道さんが失踪し、預かっていた薬を山南さんが改良して服用した。左腕を治す為に。

気が狂うか、成功するか。山南さんは自分を実験台にした。

さらに驚くことに、千鶴ちゃんは京に来てすぐ、脱走した実験体が狂って獣のように人を殺める所を目撃し、

新選組に事実上幽閉されていたのだ。私の来る数日前に。


「だから、あんなに暗い顔だったんだね、千鶴ちゃん。ごめんね? 気付けなくて」

「いえ、そんな……。千穂さんがいてくれたから頑張れたんです。すぐ皆さんとも仲良くなりましたし。

 最初は怖かったんですけど、いつの間にか……。今は家族みたいだなって思うくらいです」

千鶴ちゃんの優しい言葉に、皆の瞳から険しさが薄まる。

「ほんと、そうだね。はぁ〜、馬鹿ばっかり! すぐ目撃者と異端な来訪者を殺せば手間が省けたのにさ。

 幽閉した挙句、その捕囚と仲良くなって? 一緒にご飯食べて、殺さずに済むように秘密は隠して。

鋼道さん探すのは利害の一致があったにせよ、最近じゃもうただの父親探しになってるしさ。

私に至っちゃ、もう客人なんだか居候なんだか、女中なんだか嫁なんだか分かんない状態でしょ?

これが馬鹿じゃなかったら誰を馬鹿って言うのよ。本当にみんな、お人好しの馬鹿ばっかり!」

「ごめんな」「……すまん」「悪かった」「すまねぇ」

困ったような、申し訳なさそうな顔が次々頭を下げる。

「でもね、そんな馬鹿の集まりが、新選組の皆が大好きなんだって……山南さん言ってたんだ。

 皆には内緒だよって、笑いながら。だから、一番馬鹿は、山南さん……だよね」

私の言葉は皆の胸に沁み込んだようで。秘密をばらしちゃったけど、いいよね? 女の子を泣かせたバツだ。

運ばれて行った戸口の方を見やる。総司にあんな覚悟させて、皆に心配かけて! 起きたら引っ叩いてやる! ……かも。



叱るためにも、起きてもらわなきゃ。

最初に……なんて言おう?






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