55 吐露
総司に肩を抱かれ、部屋に戻る。襖を開けた途端、千鶴ちゃんが驚いて歩み寄る。
「千穂さん! どうしたんですか!? 沖田さん、何があったんですか!?」
「ん、ちょっとね。ごめん、千鶴ちゃん。夕餉の当番代わって貰えるかな?」
「分かりました。何かあれば声掛けますね」
何かを感じ取ったのか、千鶴ちゃんは静かに出て行った。壁にもたれ掛かるように座り、総司も隣に座る。
「ハハハ、一番辛いのも一番心配なのも山南さんなのに、私が泣いてどうすんのよ、ねぇ?
しかも皆に心配掛けちゃって。ハァ〜、もうやんなる。なんでこんなにダメダメなんだろ」
「無理に強がらなくていいよ。あと、自分で責めるのも禁止。そんな事、山南さんは望んでない」
総司が、優しく私の頭を撫でる。今日はなんだか、頭を撫でられてばかりだ。小さい子みたい。
「分かってる。分かってるんだけど……」
「いいよ、全部吐き出しなよ。聞いてあげる。受け止めてあげるから……言葉を飲み込まないで、言ってみて」
「……本当はね、今すぐ山南さんの所に行って、お願いだから出てきてって。
諦めないで、もう一度立ち上がってって言いたい。殻に閉じこもらないで欲しい。
自分の中に押し込めて笑わなくていいから。不機嫌をぶつけてもいいから。
だから……戻って来てって。なのにね、体が動かないの。……だってさ……。
だって、救えないのに頑張れなんて言えないよ! 私達が必要なのは山南さんだけど、
山南さんを救うのに必要なのは元通り動く左腕なんだもん! 無理だよ! 神経切れてるし!
繋げる技術もまだないし! どんなに精巧な義手だって……本物の腕には敵わない。
その上、勤王派の山南さんの意見が通らずに、どんどん組織が佐幕派に傾いてるしさ。
それでもここが好きで折り合いつけようと頑張ってきたのに、挙句が伊東さん登場でしょ?
同じ勤王派なのに彼は厚待遇でさ。いきなりやって来て総長より上の参謀に座ってさ。
居場所ないって思うじゃん! 一人って辛いじゃん! せめて私がいるよって伝えたかったけど……。
伝えてるつもりだったんだけど……な。届かないの。手を伸ばしても掴んでくれないの。
強く振り払うんじゃなくって……優しく。すごく優しく、そっと離したんだよ。笑って。
私の為に泣いてくれて、ありがとうって」
とうとう全部、ぶつけてしまった。大好きな近藤さんや、大事な新選組も批判して。
立場も何もかも忘れて、胸のうちにあったわだかまりを、罪もない総司にぶつけた。なのに……
「ごめん、辛かったよね。本当は僕も山南さんの辛さを分かってた。けど、何もしなかった。
山南さんが自分で見つけないと、周りが用意した道じゃ駄目なんだ。あの人は、賢いからね。
山南さんはさ、近藤さんに拾われて剣しか知らなかった僕に知識をくれた人なんだ。
強くなる方法を教えてくれたのが近藤さんなら、物の見方や考え方を教えてくれたのが山南さんだった。
でもそしたら、一つの考えに固執するのは 馬鹿らしいって思うようになったんだ。
だったら何で道を決めよう? そう考えた時、人で選ぼうって思った。
そして僕が選んだのは……近藤さん。考え方とか目的とか関係なく、この人に付いて行こうって。
それから……同じ剣を握る人間だからね。山南さんの苦しみはたぶん、そう、誰よりも分かる。
分かるから、決めてるんだ。もし山南さんが望むなら、最後は僕が終わらせてあげようって。
もし山南さんが武士として生きる道に戻れない事に絶望して、終わりを望むなら。僕が、介錯する。
それが、僕のしてあげられる事の中で最後の……最大の優しさだと思ってる。
だから、先に謝っておく。また泣かせてしまったら、ごめん。君の大切な人を奪ったらごめん。
でも、それも受け止めるから。僕のことを許してほしい」
私の悲しみは全部受け止めたいと言う癖に、自分の悲しみは全部自分で背負おうと決意している。
人はあなたを人斬りと言うけれど。切る悲しみも切られた命も、全部背負って生きてるんだ。
それがあなたの優しさで、強さなんだ。
それなのにあなたはごめんねって、困ったような顔で笑うんだね。
いつの間にか日はとっぷり暮れて、部屋の中には月明かりが差し込んでいた。
「きっと夕餉は終わってるけど、千鶴ちゃんが取り置いてくれてるだろうから食べに行こう」
そう言って総司が私の手を引き、立ち上がろうとした時。――――悲鳴が聞こえた。
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