53 決壊

ただ今、隊士二百人在住。いくら八木さんちが大邸宅だからって、そりゃ無理ってもんです。

まだ冬だからいいものの、このまま夏になったら目も当てられない。

汗っかきな男達が踏み場もないほど押し込められている図を想像すると、それは気の毒というより、

一種の拷問じゃない? と思ってしまうよね。もちろん、皆同じ事を考えるわけで。

知恵を寄せ合い、お引越しの検討中です。でもそんな大人数を収容出来る場所なんてそうそうないでしょ?

藩邸以外で広〜い場所といえば神社仏閣。でも、そう簡単に、ハイどうぞ、と提供してくれるはずありません。

お茶を出したら退散しようと思いつつ、つい話に耳を傾けてしまった。出るタイミング、失っちゃった。



「んじゃやっぱり西本願寺だな」

歳さんが、総意をまとめる。まとまってないんだけど。誰かが無理繰りでも決めないといけないから。

「嫌がられますよ? 強引に押し切るんですか?」

総司の言う通り、いらっしゃいませ! ようこそ! とはならないだろう。居酒屋じゃあるまいし。

「坊主は嫌がるだろうが、長州の拠点を潰せて広くて、便利な場所にある。最適だろ?」

もうほぼ決定かな? そう思った時。山南さんが苦言を呈した。

「力に物を言わせて僧侶を押さえ込むのはいささか士道に反すると思いませんか?

 過激派を牽制出来る、という点では賛成ですが」

「確かに。トシの案は良案だが、山南君の指摘ももっともだな」

近藤さんが悩み始めた。ああ、水掛け論、スタート! だな。そう思った時、伊東さんが口を開いた。

「敵であろうと筋は通したい、その近藤さんの器の大きさには感銘を受けます。それにしても……

 山南さんは相変わらず鋭い指摘をなさいますね、本当に。その頭脳があれば、左腕がおしゃかだろうと、

 関係ございませんね。ご指南、痛み入ります。剣を取れずともその聡明さがあれば、

 新選組もこの伊東も安心して道を進めます」

選んだ言葉はあまりに残酷で。上滑りな褒め言葉に紛れ込ませても要旨は明白で。

山南さんの心がドクドクと赤い血を流している様も、目に浮かぶようで。息が詰まり頭が真っ白になった。

「確かに私の左腕は寝たきりですから剣士としてはもうお役に立てませんね。お恥ずかしい限りです。

 ……すみません、気分が優れないので部屋に戻らせていただきます。土方君、後をよろしく」



「っ!! 山南さん! 剣客としてだけじゃねぇ! 論客としても! あんたが必要なんだ! あんたが!」

青ざめ退室する山南さんに、歳さんがありったけの想いを込めて叫んだ。でも山南さんは振り向かない。

分厚い壁の向こうに心を閉ざし、立ち去ってしまった。

私は……そっと、退室した。追いかけて、掴まえて、でも言葉は出なくて。

子供がイヤイヤをするように、山南さんの袖を掴んで声も出さずに泣いた。

行かないで。離れないで。閉ざさないで。あきらめないで。想いは溢れるのに言葉にならない。

代わりに涙ばかりが後から後から溢れて。山南さんは、そっと優しく、頭を撫でてくれた。



「千穂、代わりに泣いてくれてありがとう」


神様はどうして、優しすぎるこの人に、厳しすぎる枷を負わせたのだろう。






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