三、
左之助さんに促され、人目のない気安さで床にコロリと寝転がると、お互いの膝頭がぶつかった。
筋肉質な腕がその重さを憚るように慎重に私の背中へ回されると、鼻先は彼の上着の緩んだ袷から覗くみぞおちを掠めた。
幸福な条件反射で思わずそこにチュッとキスをすると、くすぐったさで軽く身じろぎした左之助さんに小突かれた。
ほんの少し頭を持ち上げれば、肩の位置をずらして伸ばした腕を枕に貸してくれる。
目線が近くなり、顎先に唇を伸ばしたら彼の柔らかいそれが迎えに来てくれた。
唇の心地良い温かさを食み合っているうちに昂ぶりを覚えたのか、上体を被せてきたのと同時に舌が差し込まれた。
少しだけいちゃつきたい、と思う私の“少しだけ”は彼の物差しでいくと足りないらしく、本格的に何かが始まりそうな予感に慌てていると。
息継ぎの合間に薄く開いた口から
「怖くねぇか」
と意外な言葉が零れた。労わりと心配の混じる声音に驚いて目を開けると、自分を見つめる双眼に出くわす。
「何が?」
文字通り意味を尋ねたら、左之助さんは何かを考え込む様子で途切れがちに呟いた。
「誰も知り合いのいねぇ土地で、しかも言葉も通じねぇだろ。俺が家を空けてる間に産気づいちまったら……と思うとよ。
乗せてくれるっつーからそれこそ渡りに船って勢いで国を出てきちまったが……」
気遣いを滲ませて洩らす言葉を止めるように、私は彼の唇を塞いだ。
舌先が触れ合うと大胆に侵入し、込み上げた愛おしさで彼の心配を拭おうと絡めあった。
私の背中に回されていた手は肌を弄ぶように袖口から潜り込んで、腕の白い内側を淡くなぞり、二の腕をしっかりと掴んだ。
ん、と走った震えに秘かに喘ぐと、左之助さんも喉で声を殺して甘い息を吐く。
呼吸を整える為に顔を離すと、燻り始めた欲を抑え込もうとして切ない表情になった彼が短く嘆息した。
「わりぃ、言ったって不安を煽るだけだな」
「……案ずるより産むが易しって言うじゃない。それに、左之助さんが居ない時でもあの子がいるから大丈夫だよ」
「治頼みかよ」
「いや〜、侮れないよ。左之助さんに似て行動力のある子だし」
「お前に似て、の間違いだろ。度胸もあるしな」
懸念を払おうと矢継ぎ早に言葉を被せ、クスクスと笑ってみせれば。話題は寝た子に移り、親の顔がもたげてくる。
「水を汲み終わったら髪を剃ってあげて」
「んじゃ終わったら一緒に風呂に入るから、湯を沸かしといてくれ」
「分かった」
会話が止んで目を瞑ると、先ほどまでの危うい空気は霧散して、ほのほのと温かい気持ちでまどろんだ。
冬向きに建てられた藁葺きの家屋は窓が小さく、部屋の中は昼でも薄暗い。
私は彼の腕を借りたまま、すぐ短い午睡に入っていった。
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