14 彼女の事情
夕餉の後、竈の火種を火鉢に貰い、ついでに桶にお湯をいただいた。
まだ銭湯に連れ出して貰えないので、せめて体を拭きたいと言えば、二つ返事で手配してくれた。
本当は寒いから陽のある内にしたいけど、ドアと違って鍵がないから安心出来ない。
流石に夜誰か訪ねて来る事はないからね。のんびりお喋りしながら身繕い。
どうやら千鶴ちゃんはお医者様の娘さんらしく、こうした衛生面には結構詳しい。
男ばかりだから仕方ないけど、屯所って結構汚いよね〜、掃除当番決まってないのかな? などと
勝手な噂話をしながら、糠袋で体を撫でては手拭いで拭き上げ、さっぱりした。
聞けば千鶴ちゃんも幼少期に母親を亡くし、父子家庭だとの事。
「あら、奇遇ね〜、うちも一緒! 父も二十歳の時に他界したから、今は身軽な浮き草よ? アハハ」
何の気なしに打った相槌に、突然千鶴ちゃんの顔が曇る。
「あ、ごめんなさい、暗くなってしまって。
今、行方の分からなくなった父様を新撰組の方々に探して頂いてるんです。
江戸から探しに来たんですが、知り合いの方が丁度お留守で……それでここに」
「そうだったの……」
新幹線での移動が当たり前だった私は、東京から京都までこんな小柄な女の子が歩いて来たことに、胸を打たれた。
それほど切実な想いがあるという事だから。
私の場合は残してくれた物もそれなりにあったし、支えてくれる友人もいた。
それにあちらでは女性でも一人で食べていけるような仕事が色々ある。
けどこの子は……あと数年すればこの時代、よい人に嫁いで幸せに、というのもあるけど。
まだ幼さの残る今の千鶴ちゃんには、守ってくれる人が必要だ。
「と、父様が見付からなかったら、私、ひ、一人になってしまうって!
もう他に誰もっ、誰もいなくて……。怪我で動けないんじゃないかとか、
病気で臥せってるんじゃないかとか、余計なことばっかり考えてしまって。
ごめんなさい、千穂さんにはもうお父様もいないのに。でも……不安でっ!」
溜め込んでいた物を吐き出した事で、堰が緩んだのだろう。
千鶴ちゃんは私の膝に突っ伏し、嗚咽を堪えながら涙を零した。
小さく震える背中を撫でながら、切なる願いが一刻も早く叶うことを強く祈った。
「よし! 私も協力する! 頑張ってお父さん見つけよう?
それで、見つけたら私がこっ酷く叱ってあげる!
こぉ〜んな可愛い娘を置いて、今までどこにいたんだ! って。
それから、物凄く頑張ってたよ、一生懸命だったよって言ってあげる。
だから、ちゃんとそう報告できるように、一緒に頑張ろう?
沢山笑って、美人になって、お父さんビックリさせちゃおう!」
励ますように撫でていた背中をポンと叩けば、体を起こして涙を拭い、ニッコリ笑ってくれた。
涙の跡が痛々しいけれど、その笑顔は眩しいくらい綺麗だった。
深夜、布団の中で寝付けずにいた。
戻れなかったら、どうしよう。私はいつまでここに居ていいんだろう。
この姿で戻ったら、どうやって暮らしていこう。まだ向こうに私の居場所はあるのかな。
どうしようもなく震える手をギュッと握り締め、呪文を唱えるようにそっと呟く。
「大丈夫」
今までも一人でやってこれたんだから……。
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