13 選択権
雑然と書類が積み上げられた土方さんの部屋に通される。
「まぁ座れ。今から話すのはお前の処遇に関してだ。保護すると決めた以上放り出すような真似はしねぇ。
お前の話を全部鵜呑みにしちゃいないが、作り話で片付けるにゃ出来すぎてるしな。
時を渡るってのは俺からすれば御伽草子の世界だが、お前は現に、今ここにいる。
で、だ。新選組は有名だと言ってたが、そうなるとお前はこの先どうなるかも知ってるんだな?」
やっぱりそうきたか。疑問ではなく、確認。
私の話ではなく、私という現実を、この人は受け入れている。
私という存在の、メリットとデメリットも。
「歴史を知っている」というジョーカーを、使うのか? 使わないのか?
……私はどうしたいんだろう?
「知っています。史実が事実なら、ですけど。
そしてこの世界が、私のいた未来に真っ直ぐ繋がっているなら、ですけど。
……どう扱いたいですか? 私の知識」
「どうもしねぇ。俺たちの道は俺たちが決める。歴史なんてのは、振り返ったやつが書くもんだ。
前しか見てねぇ俺たちには関係ねぇ。
大事なのはどの道を選ぶかじゃなく、選んだ道をどう生きるか、だ」
……たぶん土方さんは、自分たちの立場もこれから進む未来と時代の流れも、見通している。
もちろん「こうなりたい」という理想は掲げながら、「こうなるかもしれない」という現実も。
頭の回転が速い分、苦労も計り知れないんだろうな。
私の命を消すのも背負うのも、この人にとっては容易いことだ。
「だがコレはあくまで俺の判断だ。おそらく幕府のお偉いさん方や攘夷派の連中にとっちゃあ、
喉から手が出るほど欲しい情報源であることには違いねぇ。
俺だって、今は信条を優先させてるが先の事はそん時にならなきゃ分からねぇ。
悪いがお前みたいな小娘一人、手駒にするのは造作もねぇ。
……だから、いいように扱われねぇよう、気をつけろ。未来がどうだの歴史がどうだの、人に言うんじゃねぇぞ?」
「分かりました、ありがとうございます。でも、もしもこの先皆と進む道に、私が関わっていたら……。つまらない戯言を聞いて下さいませんか?
聞いた世迷言を信じるも信じないも、どうするかも、お任せしますから」
この人なら悪いようにはしない。土方さんは、私の価値と危険を分かった上で、
話さない自由をくれた。なら……話す自由も。
重荷をひとつ増やすけど、背負えるこの人になら、甘えたい。
「……はぁ、分かった。分かったと答えると知ってて言いやがったな、畜生。厄介な女だ。
それと、これは預かってた手荷物だ。すまなかったな、色々見ちまって。
もう悪い男に引っかかんなよ? 折角娘に戻れたんだ。今度はいいのを捕まえろ」
そう言うと、手さげカバンを私の膝に置いた。離婚届見た事、気にしてくれてたんだ。
謝る必要なんてないのに。優しい人。
「じゃあもう免許証も見たんですね? あれが……元の私です。フフフ、年増で驚きました?」
「ん? ああ、あれか。いや、艶っぽかった。今が蕾なら花が開いたってとこか。
……もっぺん咲かせたいなら手伝ってやろうか? 蕾も中々悪かねぇ、ククッ」
こ、この狼め! ああ嫌だ、しかもちょっとグラッときたよ!
流した浮名は伊達じゃないわけね。
「おっしゃる通り折角娘に戻れたんですから、今度はじっくり吟味します。
立候補なさりたいんでしたら、どうぞ列に並んでお待ちくださいね?
さてと、そろそろ下がります。荷物、ありがとうございました」
カバンを掴んで立ち上がった私に後ろから声を掛けてきたので、振り返る。
「チッ、言いやがる。……ああ、それと、雪村と上手くやってるみたいだな、総司から聞いた。
あいつも色々抱え込んでやがるんだ。言えねぇ話も多いが、よく面倒見てやってくれ。
お前なら固くならずに済むだろう。暇もないが、俺じゃ余計に緊張させるだけだしな」
ホント、この人よく分かってる。これって社長が新入りの女性社員にまで気を配るようなもの。
出来る人ってそうそういないけど、いたんだね〜、こんな人。
「お安い御用ですよ、千鶴ちゃん素直で可愛いし。言われなくてももう妹みたいなもんです。
では、これで。土方さんも体を壊さないよう、たまには休んでくださいね?」
そう言って笑顔で会釈してから退室した。
あんな人だから五稜郭までついてくる人達がいたんだろうな。
……儚い夢の先に想いをはせて、打ち消すようにかぶりを振った。今は、考えない。
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