125 鬼の里へ
互いの行き先も目的も知っていて、また会えるという気安さも手伝い、千鶴ちゃん達との別れはあっさりしていた。
それじゃあ、またな。元気でな。気をつけて。着いたら文を送るね。そんな挨拶を交わし、手を振りあった。
逆に、私は左之助さんと二人きりになった事に、少しだけ緊張していた。外出許可なく出歩くのも変な感じだし。
門限までに帰らないと叱られそうな気がする、と言うと、俺もだ、と左之助さんも笑った。
宿場と宿場の間は駕籠に頼り、宿で二泊ほど体を休めてまた移動。そんなのんびりした旅路だったので、
目的の旅籠に着いたのは4月の初め頃だった。宿の主人にお千ちゃんの名と私達の名を告げると、
パァッと表情が明るくなり、大喜びで招き入れられた。よかった、ちゃんと話通してくれてた。
「いやぁ、お話に聞いてた通り、絵になるご夫婦だ! ささ、今日はゆっくり休んで下さい。
明日迎えが来るよう、使いを出しておきますから」
主人の歓待に一安心し、部屋に案内してもらう。汗ばんだ着物を着替えたい。帯もしんどいし。
少し膨らんできたお腹を擦っていると、左之助さんが愛しげに目を細め、膨らみに目をやっている。
「今からそんなじゃ、産まれたら溺愛しそう。自分の子なのに、な〜んか妬けちゃうなぁ」
「じゃあ、お前が一番だって一生懸命証明しないとな。来いよ、ほぅら」
私の手を取り膝に抱き寄せ、包み込むように抱っこする。いきなりの至近距離にドキッとする。イケメンはズルイ。
チュッチュッと私の口を啄ばむ左之助さんはご機嫌だ。疲れたような素振りもない。
「左之助さん元気だね〜。駕籠の横をずっと歩いて来たのに、平気そうなんだもん。
駕籠の揺られてた私の方がへばってるなんて、ちょっと情けないなぁ」
「元の体力が全然違うだろ。夏じゃなかったのは助かったがな。流石にあんな格好にゃなれねぇ」
あんな、というのは、駕籠かきのお兄さんのガチムチ褌姿。たしかに左之助さんには似合わない。
「うん、初めて見た時はびっくりした! でも人の入った駕籠を担ぐんだもの、汗かくから合理的だよね」
「俺も若い頃は褌一丁で街中歩いて、上司に大目玉くらった事があったんだぜ? ハハハ、お調子者だったんだ」
「……頼むからもうやらないでね?」
そう。今までは命懸けで仕事をし、隊の規律に則って共同生活をしていたから、気付かなかったんだよね。
実は左之助さんってかなり豪快で、子供みたいなとこがあったんだよ。悪餓鬼がそのまま大人になった、というか。
新八さんと平助といた時は、ちょっと大人のお兄さんって雰囲気だったのに。
先日は、駕籠に乗り疲れ、宿でぐったりしている私を見て、「ちょっと出てくる」とふらりと出掛けた。
そして一刻ほどで戻ると、なんだかとっても嬉しそうで。
両手に抱えた美しい錦鯉を見た時には、腰が抜けそうになった。ちょっと捕ってきたって……川にいないよね?
「宿で汁にして出して貰おう。滋養あるもん食わせねぇとな。美味そうだ!」
海のそばで育ったから、捕まえんのも裁くのも上手いぞ! と得意げに笑ってたけど……。
ホント、どこの誰の池堀の鯉だか知りませんが。スミマセン。ええ、美味しかったです。
明くる朝、里からの迎えの人が用意した馬に乗り、山道を一刻ほど進むと、いきなり視界が開けた。
ここが…………鬼の里。
大きな門をくぐり中に入ると、広場を囲むようにひしめき合う民家。馬で通り抜けると皆が手を振る。
「おお〜い、来たぞ! 新しい仲間だ!」
「別嬪さんだねぇ! 旦那もいい男だ。人間にしちゃ図体がでかいね。鬼の血は全然入ってないらしいよ?」
「なんでも、頭領ご夫妻と親しいらしいじゃないか、話しかけたら失礼かねぇ?」
「新しい女鬼は久しぶりだな。お子がいるんだろ? 楽しみだな!」
拍子抜けするくらい明るい好奇心に囲まれて、急に気が楽になった。
「「皆、今日からよろしくな(ね)!」」
私も左之助さんも嬉しくなって、笑顔で手を振る。これからここでお世話になるんだ、仲良くなりたい。
民家を抜けると桑畑や作業小屋や田畑が広がっていた。どうやら自給自足が基本のようだ。
鶏を追いかけて遊ぶ子供達が、足を止め、物珍しそうにこちらをジッと見ている。
笑いかけると、びっくりしたような恥ずかしそうな顔をするのが面白かった。外から人が来るのは珍しいのかな?
更に進むと、屋敷が建ち並ぶ一角を抜け、ひと際大きい邸宅の前で止まった。
「こちらが八瀬の方のお屋敷になります」
ああ、お千ちゃんの。納得。馬を降りると玄関に向かう。キョロキョロしていると、明るい声が私達を呼んだ。
「原田さ〜ん、千穂さ〜ん! いらっしゃい! さあ、入って。お膳を用意させたから一緒に食べましょう!」
「お千ちゃん! 迎えの人ありがとうね。里の人達も歓迎してくれて嬉しかった。上がらせて貰うね」
「ああ、ちょうど小腹が空いてたから、助かる」
屋敷に上がり、感慨に耽る。とうとう来ちゃった、鬼の里。
今日からここが、私達の居場所。
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