124 残される者
朝、風間とお千ちゃんは屯所を離れた。日取りは風間が、内掛けはお千ちゃんが選ぶことで歩み寄った二人。
祝言が楽しみ、と笑顔で喜ぶお千ちゃんを見て、なぜか左之助さんはクスクス笑っていた。風間は満足そうだった。
療養中の総司に別れの挨拶をするのは辛かった。皆に置いていかれるのは物凄く寂しいだろうから。
隠れ家に顔を出すと、案の定、嫌そうな顔をされた。きっと彼はこういうのが苦手なんだろう。
「左之さん、おめでと。手を出すのも仕込むのも早いなぁ。千穂ちゃん、浮気されたら三行半持って戻っておいで。
今度は僕が貰ってあげる。山南さんにも生まれた子は可愛がるって約束したから。君と僕の子にしようよ。
そういう訳で左之さん、後は心配いらないから。戦うの好きな癖に、無理しなくていいですよ?」
左之助さん、こめかみがピクピクしてるよ……。
「馬鹿いうな、お前に女房と子供取られるくらいなら、槍を折ってこいつだけを愛し抜くさ。
まあ、もう選んで決めたんだ。幸せにするから、お前は元気になって子守でもしに来い。待ってる」
「……待ってる、か。待たれたら頑張るしかないかな。じゃあ、必ず行くから。待ってて」
置いて行った新選組。残された総司。待ってて、という言葉に、心の奥の切ない願いが見えた。
「平助さ、君、油小路で死んだって噂が出回ってるよ? 生きてる幽霊なんて、山南さんみたいだ、ハハハ。
千鶴ちゃんなんて、伏見の戦で勇猛果敢に活躍した女隊士がいたって伝説になってるし、アハハハ。
死んだはずの平助が生きてて、女隊士がこんな子犬みたいなのだって知ったら皆びっくりするだろうね」
「なんだよそれ! ちゃんと足あるっつーの! それに千鶴は子犬じゃねぇし! 皆適当だな〜まったく」
「ああ、子犬は平助か、ごめんごめん」
「なんで俺が子犬なんだよっ、ちょっと背が大きいからってよ、チェッ。左之さんと総司がでか過ぎんだよ」
ブツブツ言ってる平助を、千鶴ちゃんとクスクス笑う。最後までこの二人は漫才みたいだ。
「それじゃあまたね。子供が産まれたら知らせる。だから、部屋を清潔にして……」
「しっかり食べる、でしょ? 大丈夫、守るよ。約束する。だから、千穂ちゃんもしっかり食べて元気な子産んで」
「沖田さん、これ父の診療所の薬です。嫌がらず飲んで下さいね?」
「餞別が薬って、君ってホント、気が利かないね。でもいいよ、貰ってあげる。……ありがとう」
天邪鬼で、ちょっと辛口の冗談が好きで、意外に真面目で優しい。総司はどこでも総司のままだ。
「また来るね」「遊びに来いよ」未来へ希望を繋げる挨拶を残して、隠れ家を出た。
これが最後と思いたくないから、だれもさよならとは言わなかった。
「はぁ、まったく。皆やさしいね」
閉まった戸口を見つめ、総司はそんな独り言を呟いていた。戸棚には洋装の隊服が置いてある。
「元気になったら後から追いかけて来い。組長が足りねぇ」
ぶっきらぼうに言い残し、近藤さんと去って行ったっけ。
庭にいる黒猫に話しかけた。
「僕はまた、戦えるのかな。まだ、戦いたいのかな」
返事はなかった。猫はもういなかった。
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