11 私の事情

やることがない。退屈は人を殺すというけれど、あながち間違いじゃないかもしれない。

覚えることは沢山あった。異なる生活習慣、作法、日用品の使い方に、こちらの時勢。

でもやる気が起きない。たぶん、じきに帰れるだろうとどこか安易に考えている。

方法も分からないのに暢気だよね〜。まだ、ここにいるという実感が湧いてないのかも。

一方、ここで暮らしていくぞ! という意気込みがないのと同じくらい、何としても帰りたい! という焦燥感もない。

この二ヶ月、プライベートのほとんどを離婚調停に捧げたから、燃え尽きたのかも。あぅ。



元夫の樋田正行(ひだまさゆき)とは半年前に飲み屋で知り合った。

私は自動車保険、彼は広告代理店の営業で、分野は違えど同じ苦労があって意気投合。

流れでホテルに行き、流れで付き合い、互いに干渉しない気楽な感じが心地よかった。

幼い頃病で母と死別し父子家庭で育ったが、大学在学中に父も事故で他界。

一人暮らしにはもう慣れたが、やっぱり寂しさを埋めたかったのかもしれない。

お互い一人暮らしは不経済だし、結婚しちゃう? という軽いノリで話が進み、

二人名義でマンションを購入。……これが曲者で、ローンの支払いも二人、所有権も二人。

離婚が決まってからの話し合いは、ほとんどマンションをどうするか? に費やした。

ああ、なんか本当に世知辛いな。

購入したマンションに二人で住むことは、結局一度もなかった。


入籍した日は仕事で、半休をもらって市役所に届けをだした。

帰りに飲み屋で落ち合ったら、別の彼女が妊娠を打ち明けてきた、と相談された。

相談もなにも……そんな状況で今日からよろしくね、とはならないし。

何よりも、二股の件より妊娠の件より「マンションどうする?」という言葉に驚いた。

ひどくない? 愛はどこにいった?


真新しい家具の揃った新居に一人で帰り、誰もいない部屋に明かりをつけた途端、涙がこぼれた。

ここで一緒に暮らした思い出があるわけでもないのに。

無人の部屋に帰るのは慣れっこだったのに。



一人で住むには大きすぎる家が、辛かった。





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