120 父と娘

同い年の幼馴染だった八千代ちゃんとは、いつも一緒に遊んでいた。

姫君だからと敬遠する者ばかりの中、よく垣根の穴から潜り込んで、部屋に遊びに来てくれた。

「鬼は怪我がすぐ治るけど、人間はそうじゃないでしょ? うちのおばあちゃまも人間なの。

 だから、ちゃんと治してあげたくて父様はお医者様になったんだって! すごいでしょ!!」

いつも……大好きな父の話をしてくれた。私も負けじと両親の自慢をしたっけ。

でも私の両親は……。そう、殺されたんだった。私を守って、逃がすために……。

忘れていた記憶。封じ込めていた過去。何もかもが鮮明に甦った。幸せも悲しみも全部。


「父様、いえ、綱道様。八千代ちゃん、言ってました。父様はおばあちゃまのお怪我を治す為に

 お医者様になったのよって。会う度、うちの父様はね、すごいんだから! って自慢してて。

 笑顔で……嬉しそうに……話してました。私にとってもあなたは……自慢の父でした。

 私はっ!! あなたの自慢の娘にはなれないんですか!? もう……愛してくれないの? 父様……」

また視界が滲む。涙が溢れる。

「ねぇ、思い出して? 夏祭りに浴衣を仕立ててくれて、金魚を買ってくれた。

 膝にのせて、お話を読んでくれた。初めて作った料理はひどい物だったけど、美味しいって全部食べてくれた。

 留守の間も、ずっと手紙をくれた。ずっと幸せだった。それでも私を、愛してなかったんですか?

 答えてっ、父様!!」

千鶴の想いが木霊して、綱道の耳に飛び込んで、胸を揺さぶった。

心に張り付いた憎しみと悲しみの膜を、一枚一枚剥がしていく。

膜が剥がれ落ちた心に隠れていたのは、娘への愛だった。大事な大事な、二人の娘への。

「八千代……千鶴……私は……」

「お願い、八千代ちゃんも私も、父様が好き! 大好き!! 優しくていっつも笑顔の父様を、愛してるの!」

トクン……トクン……トクン……

綱道の心に温かいものが流れ込み、記憶と想いが動き出す。ああ、そうだった。どうして忘れていたんだろう。

八千代は自慢の娘だった。八千代も私を慕っていた。千鶴は健気な娘だった。褒めると綻ぶ笑顔が可愛らしかった。

身代わりに拾い、身代わりに育てたつもりだったのに…………愛、だったのか。



綱道の瞳から、狂気が消えた。代わりに、温かな光がともる。父親が、娘を見つめている。

「千鶴……千鶴っ! 私は……憎かったんだ。辛くて苦しくて、孤独だった。

 八千代の首を土に埋めた日、何もかもが狂ってしまった。すべてが……空しかった。

 鬼だからというだけで、何もしていないのに……すべて失ったんだ」

「違います、父様。あの日私は……両親と記憶を失ったけど、ずっと父様がいた。

 私も、父様のそばにいましたよ? 研究に協力は出来ないけれど、父様が望むなら……。

 もう一度、一緒に暮らしましょう? 今度は三人で。ね、平助君、いいでしょ?」

「いいも何も、もう決めてんじゃん。なぁ、綱道さん、いや、親父さん。いいんじゃねぇの?

 いや、そりゃもし血に狂ってちょっと飲ませてくれ、とか言われると困るけどさ。

 もしまた千鶴の血で〜とか言い出したら、今度こそ許さねぇけどさ。

 ……あんたが、俺らの手を掴むんなら、引っ張ってってやるよ。一緒に幸せになろうぜ?

 千鶴は目茶苦茶可愛いんだけどさ、すんげぇ強いんだ。俺ぜったい一生敵わねぇもん。

 でもさ、寂しがりやなんだ。俺もそうだけど、こいつも誰か側に居なきゃ駄目なんだよ。

 二人で側にいてやろうぜ? な?」

平助だから言える言葉、回り道したから分かる心。好きな人とは離れるべきじゃないんだ。

親でも、友達でも、恋人でも、夫婦でも。

「いいのか? 私は……変若水を飲んだんだ。いつまた狂ってしまうかしれないよ?

 それでも……そばに居ていいのか? 居て、くれるのか? 千鶴を愛して……いいのか?」

千鶴は何度も、大きく頷く。平助は笑顔で手を差し出した。新しい父親に。千鶴と自分の義父に。

綱道の手が、平助の手を握った。年若く凛々しい青年の、真っ直ぐな瞳が眩しかった。

「よろしく、頼む。娘と私を」

「父様!!」

再び千鶴を娘と呼んだ綱道に、千鶴が抱きついた。

綱道は、こんな温もりを忘れていたなんて本当にどうかしている、と自嘲気味に笑った。

「なぁ、ところでさぁ、これってつまりその……俺が婿入りってこと?

 えっ、嫁さん貰うんじゃなく婿に行くってことかよぉ! マジで!?」

急に慌てふためく平助に、皆がドッと笑った。

左之助が千穂の綱を切り、自由になった手を掴んで立ち上がらせた。

千穂の細い腰を抱き、父と娘の抱擁を眺めながら場を締めくくる。

「俺達も、いい親になれるよう頑張らなきゃな!

 おい平助、どうせ剣術しか能がないんだから、道場でも開いて、怪我人は綱道さんに治してもらえよ!

 両方儲かって丁度いいじゃねぇか! ハハハ!」

「それは名案だ! 是非そうさせてもらうよ、ハハハ!」

明るい綱道の笑い声に、千穂はちょっと面食らったけど。これが本当の、「千鶴ちゃんの父様」なんだね。

ようやく納得した。これなら、自慢の父親だ。





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