119 お堂での対面

「千鶴、待っていましたよ。さあこちらへ。私の所へ来なさい」

お堂の扉を開けると、仏像の前ににこやかに立つ綱道がいた。

「父様っ! 千穂さんはどこですか! 千穂さんを返して下さい!! どうしてっ、どうしてこんな事!!」

「すべては幸せな未来の為だ。お前も私も、鬼のみんなも幸せになれる。協力してくれるね?」

手を差し出す父は優しく穏やかで、大好きだった父と寸分違わなかった。つい手を取りたくなるほど。

でもその時、お堂に声が響いた。絶叫が木霊する。

「だめぇぇっっ!! 千鶴ちゃん、あなたの血が欲しいの! 綱道さんは……鬼の血が欲しいのっ!!」

「え……」

血? 私じゃなくて、私の……血?

再び見た父の様子は相変わらず穏やかな顔だったが、ただ一点……目だけが冷たい色に変わっていた。

この人は……誰? ……父様?

その怜悧な眼差しに怯え後ずさった千鶴を、平助が抱きとめた。千鶴は思わずその胸に縋りつく。怖い。

「父様? ……血って……本当なの? 何のために? 父様も変若水を飲んだの?」

咄嗟に吸血衝動が思い浮かぶ。一瞬、自分の血で楽になるのなら、とさえ思ってしまう。

「駄目だ千鶴! 一口でも飲んだら終わりだって山南さんが言ってたの、忘れたのかよ?」

自分達より先行し、日差しの下で闘っていた山南さん。誰よりも羅刹を知り、吸血衝動を退け続けた。


「ああ、飲んだとも。変若水は最高だ!! ただ……改良の余地があってね。

 副作用がなくなれば、誰も苦しまない。そうだろう? 助けたいんだ、彼らを」

「信じちゃ駄目! 綱道さんは羅刹を治したいんじゃない!

 千鶴ちゃんの血で、日差しに強い狂わない羅刹を作りたいのっ!

 鬼を増やす気なのよっ!!」

「「「なっ!!!」」」

綱道は忌々しげに舌打ちし、仏像の裏で叫ぶ千穂を掴んで引きずり出した。

その縛られた姿を見て、左之助は思わず彼に飛び掛りそうになり…………凍りついた。声もなく。

綱道の小刀は、千穂の首元に添えられたのではなかった。その刃は、下腹部に狙いを定めていた。


「新選組という所はのどかだねぇ。戦の只中に、子を作るとは! いや、たまたまお喋りが聞こえてね?

 クックック、この女は鬼だ。腹を切った所ですぐ塞がる、心配はいらない。だが……子はどうかな?」

「あんたそれでも医者かよっ! 千鶴を育てたんだろっ! 子供が可愛くないのかよっ!!」

平助は我慢がならなかった。やめてくれ、千鶴の前で! もうやめてくれ、千鶴を傷つけるのは!

ずっと待ってたのに。再会を、あれほど喜んでたのに……。

綱道の狂気じみた目つきは、平助に話してくれた優しい父親のものではなかった。

「父様、お願い……目を覚ましてっ! 父様、父様ぁぁっっ!!」

千鶴の瞳から大粒の涙が零れ落ち、切ないほど愛のこめられた呼び名が、綱道を揺さぶった。

十年近く共に暮らし、育てた千鶴の顔に、死んだ八千代の顔が重なって浮かび上がった。

「八千代? ……八千代っ!! 私の八千代ぉっ!!」

失った娘の名を、狂喜して呼ぶ。還って来た、甦ったんだ! 私の八千代が!

その、幻影に釘付けになった綱道を見て、左之助は機会が訪れたことを知る。 今だ。


左之助と千穂の視線が絡み合う。言葉はなくとも伝わる想い。「信じろ」 「信じてる」 「「愛してる」」 と。

ヒュンッ

左之助の槍が空気を切り裂き、綱道目掛けて投げられた。それに合わせて、平助が千鶴の目を塞ぐ。

「グッッ!!」

長い槍の穂先が綱道の腹を貫き、背中に飛び出す。

彼が咄嗟に、千穂の腹部の当てていた小刀を捨てて、槍を掴んだその瞬間。

左之助が躍り出て千穂を抱き寄せた。綱道の手の届かぬ所まで下がり、剣を抜いて千穂を背に庇う。

「大丈夫か!? じっとしてろ!」

「左之助さんっ!!」

広い背中。千穂が待ち望み、安否を気遣い、求め続けた背中が、今自分を庇ってくれている。

縛られた手足がもどかしい。自分が動けない限り、左之助さんも動けない。

左之助さんの陰で体を折り曲げ、胸元の懐刀を押し出し、歯でくわえて鞘から引き抜く。

縛られた手で柄を握ると、両足の縄だけはどうにか切り落とす事が出来た。

これで少なくとも、足だけは自由に動かせる。芋虫のように転がされるのはもう御免だ。



綱道は体を貫く槍を自ら引き抜いた。血塗れた槍を傍らに投げ出す。

「クックックック、ハッハッハッハ!! 痛くない!! 刺さったのに痛くないそ!? 素晴らしい力だ! 最高の体だ!!」

狂った笑い声がお堂に反響する。血の噴き出した傷口は塞がり、肉が盛り上がり、再生されていく。

傷口が完全に塞がる前に、止めをさすべきだ。そんな事は分かりきっている。この場の誰もが。

でも……本当にいいのか? 千鶴の前で綱道を殺しても? 千鶴の存在が、躊躇を生んだ。

その時、千鶴が目元を塞ぐ平助の手をどけ、綱道に声を掛けた。

「八千代……ちゃん? 父様は、八千代ちゃんのお父上だったの!?」



千鶴は思い出した。幼い日の思い出を。






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