10 上下関係

朝、人の気配で目が覚める。一人暮らしの私は、こういうのに違和感がある。

うっすら瞼を開けると、木目の天井が目に入った。どこだっけ? ……あれだ、屯所だ。

「あ、千穂さんお早うございます。そろそろ朝食だと思いますんで、起きた方がいいですよ?」

明るい笑顔で挨拶してくれる。鈴を転がすような弾んだ声音が耳に心地いい。

あったかい布団と離れるのは名残惜しいけど、勢いをつけて起き上がった。

シャツに手を伸ばそうとして、思い出す。そうそう、男装だったっけ。

千鶴ちゃんにサラシを巻く手伝いを頼み、夜着の紐を緩めて前を寛げた所で、襖がガラリと開いた。

「起きてるか〜飯だぞ〜! 千鶴……?」

二つのお膳を両手に持って、足で襖を開けた平助は、固まった。

「キャ、キャア〜〜!!」

……叫んだのは私じゃなくて、千鶴ちゃん。

あれだ、きっとこの子は友達が犬に噛まれたら、噛まれた子より先に泣いちゃうタイプだ。

千鶴ちゃんは慌てて平助を押し戻そうとする。両手にお膳を持ったままの平助を。

「ウォッ、や、ごめん! でも押したら飯が! アッ!!」

お膳ごと後ろにひっくり返りそうになった平助を、がっしりとした手が支える。

「おいおい、朝っぱらから何騒いでんだ? あっぶねぇな。飯落っことすぞ、平助」

ひょっこり顔を覗かせたのは左之さん。目線は私の顔より下に釘付け。あ、見られた。

慌てて掛け布団で隠して軽く睨むが、左之さんは動じる風でもなく。

「ご馳走さん」

と笑って襖を閉めた。ムゥ、やだね、オトナの余裕。

これは初回だけど絶対有料でしょ! しっかり目に焼き付けてたし。

着替えて布団も片し終えた頃を見計らって、再度平助登場。千鶴ちゃんにお膳を渡しながら

「さっきはマジでごめん! わざとじゃねぇから! 見てねぇし! いや、絶対忘れるし!!」

見たのね。そんで忘れてないのね。ハハハ、分かりやすい。

でも私と目も合わさず千鶴ちゃんに向かって謝ってどうするの。動揺しすぎだよ、少年。

「はぁ〜、まったく。いいよ? 怒ってないし。お膳を運んでくれてありがと。

 こっちこそごめんね? 二人分も手間でしょ? 取りに行ってあげたいんだけどね。」

そう、それぐらいはしたいのだけれど。昨日の今日だし、オトナは大人しく、ね。

自分の分のお膳を受け取り、めざしを一匹摘んで平助の口に押し込む。

「はい、お駄賃。私だからよかったけど、千鶴ちゃんのだったら次の給金差し押さえてるとこよ?

 今度からは、開ける前にひと声掛けてね。」

「あむ、ん、うん。ごめん」

申し訳なさそうに俯いて、上目遣いに謝ってくれる。

カワイイな〜、現代っ子よりすれてない。真っ直ぐ育ってる感じで、将来が楽しみだわ。


それから私に対する平助の呼び方は「千穂さん」になった。

外見は年下だけど、やっぱり中身は大人だと思ったらしい。上下関係は、見た目じゃなく強さ。

新選組最年少幹部らしい、潔い敗北宣言だった。






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