87 羅刹の暴走

正月に伊東さんから派閥への勧誘接待を受けていた新八は、左之ばっかいい思いしやがって! とブツブツ文句を

言っていた。ひと月過ぎてもまだしつこく言うもんだから、聞き流すのも面倒になって、

夕餉の後にお銚子を一本つけて酌してやれば、案外あっさり機嫌が良くなった。

「カァ〜ッ、んめぇ! あいつらの面を眺めて飲む酒はまずくていけねぇ。千穂ちゃんなら安酒も大吟醸にならぁ」

「安い酒で悪かったな、新八。おい千穂、酌なんかしてやらなくっていいぞ、手酌で充分だろうが」

自前の酒を安酒と言われて左之助さんはムッとしてたが、伊東の弁舌に丸め込まれなかった新八さんに、

内心ホッとしているのだろう。どこか嬉しそうだ。この二人は本当に仲がいいなぁ。



慶応三年三月。新選組の内部分裂は日に日に悪化してきており、伊東の動きも露骨になっている。

その伊東さんを近藤さんに紹介した平助は、色々と悩んでいるようで、最近また塞ぎの虫に取り付かれている。

そして更に、そんな平助を心配しながらも、思想や志に口は挟めないよ、と千鶴ちゃんまで寂しげで。

千鶴ちゃんを励ましたいから今夜はあっちで寝るね、と言えば左之助さんは二つ返事で快諾してくれた。

押入れから飛び出して千鶴ちゃんを初めて見た時、怯える子リスのようだと思ったっけ……。

今、夜着に着替え髪を下ろした千鶴ちゃんは、ハッとするほど清楚で美しい十九歳の女性だ。

平助には勿体無いかな〜、でも平助がいいんだよね〜、平助も馬鹿だな〜、なんでまだ恋仲じゃないの??

お節介ながらも協力してきたのに、どちらも後一歩が踏み出せない。傍はじれったくて仕方ないよね。

「政治とか思想とか、難しい事なんて分かりませんけど、もう少し相談してくれたらって思うんです」

心配と不満と恋心を混ぜ込んだ言葉に相槌を打ちながら、果報者の弟分を思い浮かべる。

若さゆえってやつですか……時代が時代だもんね、考え一つで大きく道が分かれてしまう。

つくづく伊東さんの罪深さに遣り切れない気持ちになったが、辛気臭いのは止めにしよう! 寝るのが一番!

「千穂さんに愚痴をこぼしたらだいぶ楽になりました。フフフ、皆私みたいに単純だといいのに」

笑顔が戻った千鶴ちゃんにホッとする。と、その時。ガタガタと襖が動いたと思ったら、見知らぬ隊士が

ガラリと襖を開けた。白髪赤眼……羅刹!?どうしてここにっ!!



「血……血を……血を寄越せぇぇっ!」

刀を振り上げた羅刹から逃れるように、千鶴ちゃんを引っ張り部屋の隅に転がる。

刀が体を掠め、腕に熱さを感じたと思ったら激痛が走る。夜着が裂け、左の二の腕から血が溢れる。

痛みと恐怖で動きが止まった私に、羅刹がゆっくりと近づく。怖い! 誰か……誰かっ、左之助さん!!

「た、助けてっ!! 左之助さん!!」



「生きてるか!?」

土方さんが部屋に飛び込み、瞬時に羅刹を切り伏せる。た……助かった……!

廊下を走る足音と共に、左之助さん、平助、新八さんも駆けつける。ホッとして、力が抜けた。

「千穂っ!!こなくそっ、思い知れぇぇっ!!」

血に染まった私を見て怒りに目をぎらつかせた左之助さんが、槍を心臓に突き立て、貫き、羅刹を絶命させた。

本当に一瞬の出来事だった。派手な血しぶきが辺りに飛び散り、その惨状に私は呆然とした。

左之助さんは死んでもなお憎いとでもいうように、羅刹を睨みつけている。

「原田……もういい、終わったんだ。千穂と千鶴をお前んとこに連れて行け。後は俺らで片付ける」

土方さんは左之助さんの肩をポンと叩くと、指示を出し動き始めた。ところが運悪く、そこに伊東がやって来た。

「なんの騒ぎかと来てみれば! これは一体どういう事ですか!? 幹部が隊士を殺すなんて!!」

「女を襲おうとした隊士を粛清した。それだけだ」

場を収めようと土方さんが効果的な言葉を選んだ。これで納得するはず。誰もがホッとしたその時……

「千穂! 雪村君! 無事ですか!? 私が目を離した隙に……っ参謀!」

脱走した羅刹を追いかけて来た山南さんと伊東さんが、鉢合わせしてしまった。……最悪だ。



険しい表情で凍りつく大幹部達を尻目に、左之助さんは私を抱き上げると、千鶴ちゃんに目で促し部屋を出た。

「怪我の手当てが先だ。土方さん、後は頼む。山南さん、自分を責めるなよ、こいつはそんな事喜ばねぇ」

言い捨てると、足早に自室へ戻った。ゆっくりと敷布に下ろされ、痛みに思わず顔をしかめる。

千鶴ちゃんが水とお酒を用意し、手早く消毒して包帯を巻いてくれた。まだズキズキするが、もう塞がっている。

明日の朝にはほぼ治り、晩には痕も消えるだろう。安心させる為、左之助さんにもそう伝えた。

「馬鹿言うな! 傷は治っても、受けた痛みと血が流れた事実は変わらねぇ。守ってやれなくてすまなかったな。

 でも無事でよかった。今日で分かったよ、お前が鬼で本当によかった。……よかったよ。

 だが、逆上した姿や、人殺すとこ見せたのは本当に悪かったな。俺、怖かっただろ? ごめんな?」

横たわる私を辛そうに覗き込み、頭を撫で続ける。そんな事ない、と首を振る。助けに来てくれたんだもん。

安心したせいか、左之助さんの手のせいか、眠気に襲われる。

「今はゆっくり休め。千鶴、土方さんの部屋に連れてってやる。ここじゃ寝具が足りないし、部屋も狭い。

 あそこは二間あるから、奥の方借りて寝かして貰え。着替えは後で持って行ってやるから」

二人が出て行く気配を感じながら、深い眠りについた。大幹部の話し合いなど知る由もなく。






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