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「送っていこう」

俯く彼女にそう声を掛けると、驚いたようにパッと顔を上げた。

話をしたことはないが、近所のよしみだ。

……いや、本当はこういうきっかけを待っていたのかもしれない。

井戸端で鉢合わせした回数はそう多くはないが、何故かその度気になった。

そばにいると息苦しいような、それでいて彼女が立ち去ると何かが欠けたような気分になる。

会釈を交わして目線を外す面差しが清く初々しげで、無駄に口数が多い開けっ広げな女子より余程いい、と思う。

少なくとも、雨に煙るお堂の下で遠目に見て彼女だと分かるくらいには、気に掛かる存在だった。


「助かりました。それじゃ、あの……よろしくお願いします」

斎藤が傘を差し出すと礼は遠慮がちに俯いたままその中へ入ってきた。

「いや、どうせ同じ方へ帰るんだ、気にしなくていい。それよりその……肩が濡れる。もう少し――」

傘の端から垂れる水がその肩と袖を濡らしているのを見て、自分の方へ近寄るよう言ってやりたかったが、

まるで自分にくっつけと言っているように聞こえやしまいかという考えが過ぎると、言葉が詰まった。

頭の手拭いを外したその髪から、ふわりと蜜柑のような爽やかな香りが湿気と一緒に立ち昇り鼻に届く。

斎藤は秘かな胸の高鳴りを抑えようと、小さくそっと深呼吸をした。

傘の内に入ると二人の距離が更に縮まり、当たり前だが腕が触れ合うことになる。

声を掛けた時には考えもしなかったが、その予想以上の接近に、高鳴りは止むことがなかった。

着物の裾を摘みながら歩き出した彼女の歩幅に合わせると、自然足が遅くなる。

いつもより緩やかに過ぎる時間と風景。

人気のない道を二人で傘に入っていると、礼がそういう仲の女だという錯覚を起きそうなほど、

無言の内に何か睦まじい空気が漂っている気さえした。

……何を考えている。隣家の娘さんを家に届けるだけだ。おかしな考えはよせ。

おかしな……いや、おかしくはないか。口に出さねばいい話だ。

今だけこの温かい気持ちを楽しむのも、悪くはない。

言葉の代わりに斎藤は、傘をそっと彼女の方へ傾けた。

手の先にかかる雨が、まだもう少し続くこの幸運を約束してくれていた。





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