あなたの隣で…
「はい…はい…では、そのように。はい、失礼いたします」
「柊さん?」
紫陽花の咲くあの公園で、お互いの思いを通わせてから数日。
今日は、初めて柊さんと出かける約束をしていたのだけれど。
「…少し、寄り道をしてもよろしいですか?」
一本の電話の後、柊さんが私を連れてきたのは、おしゃれなカフェだった。
「誰かと待ち合わせ、ですか?」
「ええ、貴女もよく知っている…ああ、来ましたね」
促され、お店の入り口に目を向けると。
華やかな存在感をまとい、長い髪をなびかせて歩いてきたのは……
「…蓮さん?」
「おお、奏。しばらくぶりだな」
私たちに気付いた蓮さんが、ニッコリと笑って手を上げる。
「はい、あ…あの!この前はありがとうございました」
その笑顔に向けて、私は慌てて頭を下げた。
…柊さんが姿を消してしまったあの時。
東条院家と関わりを持っていた彼につながる、唯一の糸口だった蓮さん。
心が折れてしまいそうだった私の背中を、そっと押してくれたのも蓮さんで。
今こうして、柊さんが私の隣で笑ってくれているのは…蓮さんのおかげと言ってもよかった。
「…ご無沙汰しております、蓮様」
そんな私の横で、柊さんもまた、折り目正しく頭を下げる。
「おい、その『蓮様』っていうのは止めてくれ」
「しかし…」
「お前は東条院家を離れたんだ。俺と主従関係はないはずだろう?」
「…ですが、貴方は私がお仕えするお嬢様のご友人であることには変わりありません」
「違うだろう、それを言うなら…」
長い指を顎に当て、蓮さんが考えるような素振りをする。
「不器用にしか生きられない男と、その偉大なる恩人…て、ところじゃないのか?」
「……ぷっ」
茶目っけたっぷりにウインクして見せた蓮さんに、思わず噴き出してしまう。
「まったく…変わってないな。…分かったよ、蓮」
「薫の石頭なところも、相変わらずだ」
ふわりと微笑んだ柊さんと、嬉しそうに笑う蓮さん。
かつて、『執事』と『令息』だった二人だけれど…
きっとそれ以上に、深い絆があるのだろう。
懐かしそうに笑い合う柊さんと蓮さんを見つめながら、心がポワンと、温かくなるのを感じた。
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