Masaya(角砂糖-1)


「甘っ…!」


嫌そうに顔をしかめて舌を出した表情でも様になっちゃうんだから、ずるいなぁ雅弥くんは。彼のオーバーリアクションに私は溜息をつきながら、読んでいた雑誌をテーブルにおいてソファに深く腰掛けた。雅弥くんの手にはさっきまで私が飲んでいたミルクココアの入ったヒカラ。人のものを勝手に飲んでそれはないんじゃないの、雅弥くん?


「お前よくこんな甘いもん飲めるよなー」

「そんなに甘くないと思うよ」

「いや砂糖の塊だろ、これ」


雅弥くんは大袈裟だと思う。だってこれ、さっき御堂さんがいれてくれたごく普通の(ちょっと高級な)ミルクココアだもん。たしかにお砂糖はちょっと多めだし、生クリームも添えてもらっているけれど。


「ココアはホットチョコレートっつーんだぜ?」

「だから何ー?」

「液体チョコレートは甘すぎるって」


ミルクココアを液体チョコレートと翻訳するのは間違ってるよ!
そう反論するものの、雅弥くんは「甘いー胸焼けするー」だなんて言って文句ばっかり。雅弥くんはもともと甘いものが得意じゃないし、バレンタインのチョコレートだって私のあげた(つまり必要最低限の)チョコしか食べないし。……そりゃちょっと特別感があって嬉しいけどさ。
でもでも大好きな甘いものを全否定されると、さすがの私も哀しみを通り越して怒りがわいてきましたよ雅弥くん!

私は雅弥くんの手にキープされたままのヒカラを取り上げた。……ふん!


「いいじゃない、私は好きなの!雅弥くんは甘いのが苦手なんだから飲む必要ないじゃん」

「おい、怒んなって…」

「怒ります!」

「……ていうか同じソファに座ってんだから、そんな目一杯離れて座らなくても…」

「あ、こっちこないでね」

「……(マジ?)」


雅弥くんを一蹴して、3人掛けのソファの端っこまで避難する。奪い返したココアを一口飲んだら口の中いっぱいに甘いしあわせが広がって、やっぱりココアはすごくおいしいと思った。


「なぁ、拗ねんなよ」

「あ、わ、雅弥くん!どこ触ってるのー!」

「どこって……お前の腰?」


ゆ、油断した。私がココアを飲んでいるすきに雅弥くんは私との距離を埋めて、ぐっと近くのすぐ隣まで移動してきていた。腰にまわされた手がなんだかくすぐったくて、ミルクココアを零さないように急いでヒカラをテーブルに置く。


「ちょ、あは!くすぐった……ひゃ、あ!」

「お前ほんと弱い部分多いよな」

「わー耳元で喋らないでー!」


必死でくすぐったいのを堪えながら身を捩る私がお気に召したのか、雅弥くんは口角をあげたまま私の背筋をゆっくりと撫でる。むりむりむりむり!本当にくすぐったい!


「…ん、やっ…あ、あはは!」


背中や腰のあたりを動き回る雅弥くんの手が逃れたくて、ソファに凭れかかった。…のに、今度はあろうことか身を乗り出す雅弥くん。雅弥くんの大きな体が私を囲んで、あっという間に身動き不可能な状態に。あぁもしかしたら私、このまま笑い死んでしまうのかしら。

笑い死になんて、それはある意味素敵な死に方かもしれない。なんてどうでもいいことを考えていたら、不意に雅弥くんが動きを止めた。開放された体はまだ心臓がばくばくといって、身体中に熱い血液を送り出し続けている。熱がまわって真っ赤になっているだろう私の顔を見ると、雅弥くんはいつものようにニカッとその真っ白な歯を見せて笑った。


「エロい声ー」

「…なっ!?雅弥くんのせいでしょ!」

「その原因作ったのはお前のココアだろうが」


ふ、不本意すぎる…!またさっきの怒りがじわじわと湧き起こってくる。甘いココアが原因で喧嘩するカップルなんて笑い話にすらならないじゃない。もう!


「だから私のココアが甘くても雅弥くんには関係な…、」


関係ないでしょ。そう言おうと開いた唇は、瞬間的に雅弥くんのそれによって塞がれてしまった。舌先でこじ開けられた唇の隙間。チョコレート味のキスが何度も何度も降ってくる。甘さに神経がしびれて、くらりと酔いしれた。



「関係あるに決まってんだろ、」


そう言って少し頬を赤らめながらも余裕そうに笑う雅弥くん。あぁもう私はきっと一生この人には敵わないのね。耳元で囁かれた言葉はまるで角砂糖のようで。


お前の唇は
俺好みの甘さがいい


…今度からお砂糖を控えようか、な。



fin


→ハリス「one fine morning」


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