「俺、やりたい! 奏ちゃんの彼氏役!!」

率先して手を挙げたのは、日ごろから可愛い妹にべったりの裕次だ。

しかし奏は、裕次の顔をじっくりと眺めてから、かっくんと首をかしげた。

「うーん、裕次お兄ちゃんじゃ、ダメかなぁ・・・」

「ええええっ、なんで、どうして!? お兄ちゃんのどこがダメなの!?」

青い目を潤ませて、裕次が奏にすがりつく。

「だって・・・裕次お兄ちゃん、嘘つけなさそうなんだもん」

「確かに・・・まぁ、それが裕次のいいところですがね」

きっぱりとした奏の言葉に、修一が苦笑した。
そして、目元をかすかに染めて、奏を見つめる。

「では・・・僕が彼氏役としてご一緒しましょうか」

しかし奏は、あっさりと首を横に振った。

「そ、そうですか・・・僕ではいけませんか・・・」

「だって、お兄ちゃんってカタいんだもん! どこをどうしたって、先生だよね」

落ち込む修一の背後で、御堂が耐え切れずに笑みをこぼす。

「ふふっ・・・奏お嬢様にかかっては、修一様も形無しでございますね」

「かっ、要くんっ」

「これはこれは、失礼いたしました」

御堂は、睨みつける修一に肩をすくめるようにして謝罪すると、奏に微笑みかけた。

「ではお嬢様、私がご一緒いたしましょう。元々、会場までお嬢様をお送りする予定ですし」

「あ、御堂さんは論外です!」

「ろ、論外ですか・・・!?」

即答されて、ショックを隠しきれない御堂。

「ぜーったい、私のことお嬢様って言っちゃうでしょう? 御堂さんは」

ずどーんと落ち込む御堂の後ろで、柊が唇をゆがめて、必死で笑いを堪えている。
奏は、そんな柊に目線を移す。

「うーん、柊さんも・・・」

「ふっ、分かっておりますよ、お嬢様。私は、執事としての身の程をわきまえておりますし・・・」

「さすがに、歳が上過ぎるから・・・」

「・・・・・・」

奏の何気ない言葉に、クールな笑いを浮かべたつもりの口元を引きつらせて、柊が硬直する。

そんなやりとりを、くすくすと笑いながら聞いていた瞬が、口を開いた。

「じゃあ、僕が、一緒に行ってあげようか・・・?」

にっこりと微笑む瞬にも、奏は指を立てて、ちっちっと横に振って言う。

「瞬くんだって、うっかりお姉ちゃんって言っちゃうでしょ?」

しかし瞬は、その奏の台詞を予想していたかのような落ち着きぶりで、うなずいた。

「そういうプレイだってことにすればいいと思う」

「ぷ、プレイ!?」

「で、でしたら私でも!」

息せき切って、御堂が言い募る。

「え〜? ・・・お姉ちゃんプレイと、お嬢様プレイ・・・?」

その様子を思い浮かべたのか、奏はほんの一瞬考えるそぶりを見せたが。
やはり、ぶるぶると全身で否定した。

「だ、だめだめ! 変な誤解されちゃうじゃない!」

と、なると。
残るは・・・雅季と、雅弥しかいない。

奏は、双子に向き直って、パン!と顔の前で手を合わせた。

「ねぇ・・・だから! 雅季くん、雅弥くん、ふたりのうちどっちかでいいの。明日、一日付き合ってくれない?」

「・・・そう来ると思った・・・」
「べ、別にいいけどよ!」

ふたりとも、自分たちに話が振られることは、もちろんこの展開から予想済みで。
雅季は軽いため息をつき、雅弥は照れたようにそっぽを向く。

「まぁ・・・僕は普段から奏のこと名前で呼んでるしね・・・」
「俺と奏だったら、並んでても違和感ないよな」

「どこに行けばいいの? 時間は?」
「俺、明日はなんも予定ねぇし!」

そこまで同時に言って、双子は、思わず顔を見合わせる。

「「・・・・・・」」

真っ向から合わせた視線の中、かすかな火花が散る。

「・・・僕が行くから、雅弥は自主トレでもしてれば?」

「雅季こそ! 俺が行くから、お前は本でも読んでろよ!」

メガネをくいっと上げながら、冷たい目で雅弥を見る雅季。
眉を露骨に吊り上げて、真っ直ぐ雅季を睨みつける雅弥。

「う〜ん、私としては・・・どっちでもいいんだけど・・・」

剣呑な空気を察した奏が、おそるおそる口をはさんだ途端だった。

全く同じ動きで奏に向き直る双子の声が、見事にハモる。

「どっちでもいいとか、言わないでくれる!?」
「どっちでもいいとか、言ってんじゃねーよ!」

「ご、ごめんなさいっ!!!」

・・・その迫力は、奏が反射的に頭を下げて謝るほどだった。

奏そっちのけで睨み合う双子は、お互い一歩も譲る気配はなくて・・・
すっかり蚊帳の外にされてしまった兄弟と執事たちが、面白そうに眺めているのにも全く気づかない。

意味ありげに視線を交わしつつ、ニヤニヤと笑いを噛み殺している。

(結局、雅季も雅弥も、奏ちゃんの彼氏役がやりたいんだよね〜)

(やれやれ、奏さんも、罪な女性ですね)

(女性とは、常に罪な存在でございますよ・・・)

(・・・柊さん・・・何かあったの・・・?)

その状況を打破したのは、御堂だった。

「では、こうしてはいかがでしょう?」

そう言って、双子と奏ににっこりと微笑みかける。

「雅季様と雅弥様がそれぞれ自己アピールをなさって、最終的にお嬢様にふさわしい彼氏役を選ぶ、というのは」





その御堂の提案を受け入れる形で、急遽“奏の彼氏役”オーディションが開催されたのだった。


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