いつもの風景。いつもの騒がしさ。
そのはずだったんだ。
あの気持ちに気づくまでは。
「あぁ!雅弥くん、私のまで取らないでよ!」
「食べるのが遅いお前が悪いっつーの」
「こら!雅弥!奏ちゃんのだろ!」
「バカ兄貴は黙ってろって。うるさいから」
「ちょっと!雅弥くんってば!」
彼女、奏が家に来てから…騒がしい…いや、賑やかな時間が増えたように思える。きっと、前以上に兄弟で集まる時間が増えたからなんだろう。
今までだったら、とっとと部屋に戻っていた瞬や…僕でさえ、こうして一緒に居る時間が多い。
それはきっと、少しでも長い間この空気に触れていたいと思ったから。
「お前たち、いい加減にしないか」
騒がしく言い争いをしている所へ、修一兄さんの声が割り込む。
その声が届くとあっという間にその場所は静まり返った。
「わ、悪かったよ…」
「うん…でも、もういいや」
ぼそぼそとばつが悪そうに話す二人を、くすくすと笑いながら瞬が見ていた。
一緒に言い争っていた裕次兄さんは何もなかったかのように落ち着いて席に着く。
僕はと言えば…それを黙ってみているだけ。
「ご馳走様。僕は、そろそろ部屋に戻るよ」
「あれ、雅季くん。もう行っちゃうの?」
「今日は宿題がたくさん出たからね。とっとと片付けてくる」
「あ…そ、そうだったぁ…」
「…確か…社会科教師がたくさん出したんだったよなぁ…意地悪く」
「うん?なんですか?雅弥。あれだけでは、足りませんでしたか?」
「げっ、な、なんでもねー!」
にっこりと意地悪そうな笑顔を向ける修一兄さんと慌てふためく雅弥。その近くでは困り顔の奏。
その様子を一瞥してから、その場を後にした。
彼女は…誰とでも仲が良い。
部屋へと続く広い廊下を歩きながら、そんなことを考えていた。
以前の僕ならなんとも思わなかったことだろう。
だけれど、いつからだろうか…彼女のことを考えている時間が増えたと思う。
気づけば、笑顔が離れなくなって。
気づけば、他の誰かと話す彼女が気になって。
この感情をきっと…―
「ふぅ…」
どこに落ちるでもない大きな溜め息を一つついてから、ゆっくりと自室のドアノブに手をかけた。
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