【Side 奏】

「あ、これも可愛い!でもあっちのもいいなぁ…」
 頭を冷やすためにやってきたというのに…。
 私はすっかりウィンドウショッピングに夢中。
 他の事を考えられるからいいのかもしれないけれど…やっぱちょっと違うよね。

「はぁ…」

 そんなことを考えていたら、やっぱり出てきてしまった溜め息。
 そもそも。
 どうして喧嘩しちゃったかって…。
 きっと私の我慢不足…だよね?
 でも、雅季くんってば…本読んでばっかりなんだもん!
 少しは私にも構ってほしい。
 だって、せっかく付き合ってるんだから。

「今度はあっち見ようかなぁ」
 ぶらぶらと歩くその足取りはどこか重たくて。
 すると…
「ねぇねぇ、君…」
「え?」
 ぱっと振り返るとそこには見知らぬ男の人。
「君さ、一人?これからどこ行くの?」

 わ、な、ナンパ?

「いえ、その…」
「一人ならさぁ、俺と一緒に回らない?」
 運悪く、そこは変わったばかりの信号の前。
 なんとか断ろうとするのだろうけれど、その人は変わらず声を掛けて来る。
「ほら!行こうよ」
 ついにぐっと腕を掴まれてしまった。
「ちょっと、困ります!離してくださ…!」
 と、その時。
 ふわっと視界を遮った影。

 感じた香りは、私の好きな匂い。

 気づくと、目の前には見覚えのある姿。
「彼女、困ってるみたいだけれど?」
「はぁ?誰だよ、お前」
 ぐっと掴まれた腕の痛みが和らいだかと思うと、あっという間にその人の影に入れられた。
「誰って。彼女の彼氏だけれど。文句ある?」
 私を掴んでいた腕が違う腕に掴まれているんだろう…。
 だって、男の人の顔が歪んだから。
「…ちっ、一人じゃなかったのかよ…っ」
 小声でそう呟いて、腕を払うと、男の人は雑踏の中へと消えていった。

「…行くよ?奏」
「…え!?」
 呆然と立ち尽くしていた私の手を取ったのは、優しい温度の手。

 雅季くんの手だった。

「どうして…?」
「ねぇ、何ナンパされてるの?」
 私の質問には答えずにすたすたと歩き始める雅季くん。
「え、そ、それは…」
「気をつけてよね。僕がいなかったらどうしたわけ?」
「う…ごめんなさい」
 って、なんで私謝ってるんだろう。

 暫く続いた沈黙。
 少し経った時、急に雅季くんの歩みが止まった。

「雅季…くん?」
「…ごめん。奏が謝るなんて変だ」
「へ?」
 そう言うとくるっと振り返る彼。
 眼鏡の奥の瞳はいつもと変わらなくて。ただ、少しだけ違ったのはうっすらと汗をかいていたこと。
「…ごめん」
「雅季くん?」
「もう少し、奏のこと考えるべきだったね」
 早口にそう告げると、また雅季くんは歩き始めた。
「そ、そんなこと…私も我慢が足りなかったっていうか…」
 思わず俯き、足元を見ながらぼそぼそと話してしまう。
 妙に気恥ずかしかったから。

「ねぇ」
「な、何?」
「今度出掛ける時は声かけて」
「え?」
「君一人だと心配。またナンパされても困るし…」
 その言葉はやっぱり早口だったけれど、

 それで、充分だよ。

「…うん!」
 そう言って、雅季くんの隣に着く。

 だって、耳まで真っ赤だよ。
 雅季くん?

「何?奏」
「なんでもないっ」
「そ。じゃあ、帰るよ」

 帰り道。暫く会話はなかったけれど。
 それでも良かった。

 繋いだ手があったかだったから。


―Fin―


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