「…でね、そしたら…」
彼女の楽しそうな声が隣から聞こえる。車の中、運転をしながらもどこか気持ちは遠くにいっていた。
「裕次お兄ちゃん、聞いてる?」
「え?あぁ、ごめん。ちょっと運転に気を取られてたかも」
「…やっぱり、今日の裕次お兄ちゃん、変だよ?何かあった?疲れてる?」
心配そうな彼女の視線が痛い。
「あのさ」
「うん?」
小さな溜め息を一つついて、小さく呟くように告げる。
「…ちょっと寄り道して行っても良いかな?」
「うん…」
その言葉を最後に…車内は沈黙が流れた。
車をキッと停める。着いた先は前にも一度来たことのある海岸だった。
奏は黙ったまま。
その姿に我慢が出来なくなって、ぎゅっと彼女を抱き寄せた。
「ゆ、裕次お兄ちゃん!?」
「今は、「ゆうじ」でしょ?」
そう言ってさらに力を込める。
彼女がどこにも行かないように。どこにも行けないように。
「さっきさ…」
ぽつりと話し始めた。彼女は少しだけ身体を堅くする。
「校門前まで、誰と話して来たの?」
「へ?」
彼女はふっと顔を上げる。その顔は少しだけ驚いていた。
「ねえ、誰?」
「え?あ、クラスメイトだよ。友だち」
「それだけ?」
「勿論!なんで?」
そう言うと彼女はじっと顔を覗き込んできた。そして、あっと言うと少しいたずらっぽく笑う。
そして、
「もしかして、ヤキモチやいてたの?裕次」
その言葉に自分の顔がカッと赤くなるのがわかった。そんな顔を見られるのが恥ずかしくて、咄嗟にぎゅっと彼女を抱きしめる。
「なんだ、図星?」
肩の辺りでくすくす笑う彼女。
「だって…」
「だって?」
「最近の奏ちゃん…前よりももっともっと可愛くなってきてるから…不安になったりするんだもん…」
ぼそぼそとはっきりしない声で答える。彼女の笑いは止まらない。
「そうだったんだ。あぁ、でも良かった」
「良かった?」
今度は自分が不思議な顔をする番だった。
ぱっと身体を離して彼女の顔を見つめる。彼女はぺろっと舌を出すとこう告げる。
「だって、あんまりにも深刻そうだったから。別れようとでも言われるのかと思った」
「そんなわけないよ!こんな可愛い彼女、手放すもんか」
そう言うと、今度は彼女の顔が赤く染まる。それはあっという間の出来事。
「ゆ、裕次はいつもストレートに言いすぎだよ…恥ずかしい」
「でも、本当のことだよ?」
奏の顔はますます赤に染まる。そんな姿がすごく愛おしく感じた。
彼女の頬にそっとキスをする。奏の匂いが鼻をかすめた。
「裕次?」
「何?」
「私が、裕次以外の誰かの所に行っちゃうと思ったの?」
「…」
「安心してよ。私は裕次が大好きだから」
恥ずかしそうに笑いながらそう言った彼女にまた一つキスをする。
「でもね?」
「うん?」
「私だって不安なんだよ?裕次、かっこいいし。モテるんだもん」
今度は少しふくれ顔。色々な表情を持つ彼女が可愛く思えて仕方ない。
「それなら、大丈夫だよ」
「なんで?」
「だって…―」
こんな簡単なことで、嫉妬してしまう俺だから。
暫く、何度も何度もキスをした。
奏がどこにも行かないように。行ってしまわないように。
「奏、大好きだよ」
この言葉は、君だけに。
―Fin―
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