そんなある日のこと。
いつもと同じように部屋で課題に取り掛かっていると、ちょっと慌てたようなノック音が耳に飛び込んできた。
「はーい?」
誰だろう?なんだか落ち着きないような、慌てた感じがするけれど…。
その時の私の頭の中には、すっかり彼の存在は思いつかなかった。
だって、忙しいと思っていたから。
「奏ちゃん?今、大丈夫ー?」
その声は裕次お兄ちゃんだった。
私の中で驚きと共に嬉しさがこみ上げてくる。
少しだけでも会えるだけで嬉しいから…。
「大丈夫だよ?どうしたの?」
そう言いながら、ドアを開ける。
目の前にいたのは少しだけ髪の乱れた裕次お兄ちゃん。その表情も少しだけ慌てているような焦っているような…そんな顔をしていた。
「ど、どうしたの?」
そう聞くと、返事の代わりにぎゅっと抱きしめられた。
「え?え!?ゆ、ゆう…んっ」
そして、おまけにキスまで。
「あー…やっと出来たー…」
やっと解放されると、私は慌てて少しだけ開いたままだったドアを閉める。
「急にどうしたの!?ビックリしたよ!」
だって、本当に驚いたんだもん。
「最近、まともに会ったり話したり出来てなかった気がして。なんていうか…奏ちゃんの充電」
いつもの笑顔で大真面目に話す裕次お兄ちゃん。
『会ったり話したり出来てなかった』…―。その言葉に反応してしまう。
同じこと…考えてたんだ。
そんなことを思っていると、裕次お兄ちゃんは大きな溜め息をつきながらベッドに転がり込んだ。
やっぱり疲れているみたい。
「やっぱり忙しいよね。大丈夫?結構疲れてる?」
そっと隣に座って聞いてみる。
裕次お兄ちゃんは顔だけこっちに向けると、苦笑いをして「うん」とだけ返事をした。
「疲れているなら…しっかり休まなくちゃ」
本当はこんなこと言いたいわけじゃないのに。
もちろん、この言葉も本心だけれど。心配な気持ちもたくさんあるけれど。
違うの。
裕次お兄ちゃんに会えたことが嬉しいって言いたいんだ。
「でも、すごく会いたかったんだもん。奏ちゃんに」
私が躊躇った言葉をいとも簡単に裕次お兄ちゃんは口にした。
そこが少しだけ…羨ましくも感じてしまう自分。
「奏ちゃんだって、会いたいって思ってくれてたでしょう?」
優しい笑顔を向けて、そっと頬を撫でてくれる裕次お兄ちゃん。
私は何も言わずにこくんと一度だけ頷いた。
今の私の…精一杯の甘え。
すると、頬を撫でていた手がすっと下りて私の右腕を掴んだ。
そして気づけば…、私は裕次お兄ちゃんの胸の中にいた。
痛くはない強い力でぐっと引き寄せられたのだ。
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