別に誰に頼まれたわけでもない仕事。
 とは言っても、最初は先生に頼まれたのだけれど。

 人気の少ない校舎の裏庭にある小さな花壇。

 単純に暇そうだからという理由で仰せつかったその仕事は、その花壇の水遣りや手入れだった。

 最初は面倒だと思っていたその仕事も、気づけば自分からやるようになっていて。
 でも、それは少しだけ不純な理由。

 その場所の真上には、社会科資料室があるのだ。

 時々、窓の近くにやって来る、その人を見ていた。

 そこまでのキョリは想いのキョリ。
 高くて遠くて、私は手を伸ばしても掴めない。

 もう苦しい。そう思っていても足が勝手に向かってしまうその場所に、
 私がいるということを…彼は知っているんだろうか。


 そんなことを考えていたある日のことだった。


「…」

 花壇の近くに大きな木があることは知っていた。
 でも、誰かがいたことなんて…今まで一度もなかった。
 少しだけ離れた場所が告白スポットになっていたのは知っていたけれど。

 そこにいる人は、少しだけ口を開けて寝転んでいる。
 縛っている髪もボサボサになっていて、だらしないという言葉が実に似合う。

「…何してるんですか。東条院センセ」
「…ん、あぁ?」

 話し掛け、返ってきたのは間抜けな返事。

「お前こそ…」

 眠たそうなその目を擦りながら発する声もまた眠たそうで、語尾の最後は欠伸になっていた。

「私は、この花壇の世話係です」
「ん?あ、あぁ…そうか。お前だったのか」
「…はい?」

 半分、まだ寝ぼけてる?
 それより、熟睡してたの?こんな場所で?

「綺麗だと、思ったんだ。この場所にしては」

 体を起こし、髪を結っていたヘアゴムを外せば流れる茶色。
 やけに綺麗に見えたのは木漏れ日のせいだ、絶対。

「東条院センセも充分、綺麗な寝顔でしたよ」

 薄く笑って花壇に向かう。
 前からそうだ。彼と一緒にいると調子が狂う。

「お前も綺麗だぞー」

 その言葉も、ほら。

「上を見上げた時の顔なんか、特に、な」
「…え?」

 言葉に動きを封じられる。振り返れば、もう立ち上がっているその人の姿。
 彼はひとつ綺麗な笑みを見せると、私の頭をポンッと撫でた。

「いつも、見てたからな」

 その意味が、どういう意味なのか…私にはわからなかったけれど。

「知っていたんですか?」
「いつも、見てたからな」
「…センセ」
「なんだ?」
「回答が同じです」
「まぁ、気にするな」
「…」

 想いは、もう届かないと、知っているの。
 だから、触れないで。
 この、心。

「さて、行くかな」
「オシゴトしてね、センセ」

 精一杯、憎まれ口を叩いた。
 気づかれないように。

「あぁ、でも」
「はい?」
「昼寝するには気持ちが良いな」
「…仕事してください」
「それと、」
「…」
「また、お前の顔を見に来るのもいいな」
「!」

 そう言うと彼、東条院蓮先生は颯爽と去っていった。

 その後、教科指導のあの人に怒られたとか。
 また、あの場所に来たとか。

 それは…これから知ることのようです。


―Fin―


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