「どうして、これを?」
「えへへ。すごいでしょ?」
「すごい?」
「今日、傘…持ってないんでしょ?」
「え?」

 いたずらっ子のような笑みでそう告げると彼女は続けた。

「要さんに『良く晴れる』って言われて傘を持ってこなくて、置き傘もなかったから、迎えの車を頼もうとしたんだけれど、それもダメで濡れて帰るつもりだったんでしょ?」
「な、なんでそれを!」
「だって、私が言ったんだもん」
「…な、なに?」
「だぁかぁらぁ、私が言ったりやったりしたってこぉと」

 そう言うと、彼女は鞄から見覚えのあるものを取り出した。

「あ!それは!」

 彼女が手に持っていたものは…見覚えのある置き傘にしていた折り畳み傘だった。

「どうして、それを?」
「朝、私がこっそり拝借していたのです」
「あ、あさ…?」

 そういえば、やることがあると言って先に出たと瞬が言っていたような…。

 そして、その後彼女から、
 要くんに誕生日プレゼントの相談をしていたこと、
 傘を渡すために要くんに自分に傘を持たせないようにしてほしいと頼んだこと、
 みんなに迎えの電話があっても出ないように頼んだこと、
 その全てを聞いた。

「もしかして…あの日要くんと歩いていたのは…?」
「え?あぁ!もしかして、見てたの!?」
「え、あ、その…偶然見掛けて」
「わぁ…そうだったんだ…。それで最近、様子が変だったんだね?」

 彼女は少し慌てた顔をした後、すぐに両手を顔の前で合わせて謝る。
 どうやらあの日…要くんと傘を選びに行っていたそうだ。紳士物を一人で見る勇気はまだ彼女にはなかったらしい。

 そんな自分のことに一生懸命になってくれた彼女を見て、とにかく嬉しさと愛しさが湧いてきたのは言うまでも無い。


「では、帰りましょうか?」
「…うん!」

 傘は勿論一つだけ。

「あれ?なんか…雨、止んできたみたいだよ?」

 彼女がそう言うと手を出して確かめる。

「そうですか?僕にはたくさん降っているように見えますが」

 濃い緑色の傘に当たる雨音は聞こえないけれど。
 今日はこの傘を差して帰ろう。

「そうだ」
「何?」
「ありがとう」
「どういたしまして」
「…お礼」
「へ?」

 傘に隠れてしたそれは、きっと今までのどんなものより甘いはずだ。

「そういえば。この柄の部分にね、修ちゃんの名前が彫ってあるの」
「あ、本当だ」

 他愛のない話も、君となら特別。

 素敵なものをありがとう。

 ね、奏?


―Fin―


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