二人が去った後、私は手に持っていたグラスの中身が空になったことに気づいた。

「何か、もらってこようかな」

 そう呟いた時だった。

「はい」

 聞き慣れた声とグレープジュースの入ったグラス。
 その先に視線をうつすと、そこに立っていたのは雅季くんだった。

「雅季くん!」
「いらないの?」
「い、いる!」

 それはきっと不器用な彼なりの優しさだったから。
 私は雅季くんの気が変わらないうちにと、すぐにそのグラスを受け取った。
 空のグラスはすぐ近くを通った御堂さんに渡した。御堂さんは私たちを見るとにっこりと微笑んで、一礼をしていった。

「楽しんでる?」
「もちろん!すごく楽しいよ」
「そう」

 壁に背をトンと預けると雅季くんは持っていたグラスを傾ける。
 その姿はとても同い年とは思えないほど大人に見えて。
 雅弥くん同様、会場の目を惹く理由がよくわかった瞬間だった。

「何?」
「え!?な、なんでもないよ」
「ふぅん」
「そ、そうだ。雅季くんはしっかりケーキ食べた?」
「まぁ、自分の誕生日だからね。雅弥ほどは食べてないけれど」

 すっと眼鏡に手をやって直すその仕草。でも、表情はどこか綻んでいて。やっぱり同い年なんだなって思えた。

「それより。今日の主役がこんな会場の隅に居て良いの?」

 少し意地悪く雅季くんに言うと、雅季くんは少しだけ怪訝そうな顔をした。

「…君がこんなところにいるからでしょ?」
「え?わ、私?だって、私は…」
「僕は、君に話があってきたんだけれど」

 早口でその言葉を言い切ると、雅季くんはじっと見つめてきた。
 真っすぐなその瞳に、私は思わずドキッとする。

「なんの…話?」

 ゆっくりとその瞳を見ながら返事をする。
 雅季くんは一つ息をついてから、また口を開いた。

「この後…」

 その時だ。

「あ、雅季ー!」

 まさか、雅季くんまで…。
 雅季くんも面倒くさそうに溜め息をついている。

「…何?巧」

 声を掛けて来たのは巧くんだった。

「やっと見つけたよーって…なんか機嫌悪い…?」
「…別に?」
「え?なんで?俺、悪いことした?なんで?」

 明らかに機嫌が悪そうな雅季くんを前に私も思わず苦笑い。
 巧くんはわけがわからず、おろおろとするばかりだ。

「あ、そうだった。さっきおじさんが雅季を探してたんだよ。それで姿を見つけたからさ」

 それでも、少し遠慮がちに巧くんは用件を告げる。
 雅季くんはまた一つ大きな溜め息をついていた。

「…先に行った方がいいんじゃない?お父さん、何か話があるのかもよ?」
「…そうだね。はぁ…」

 雅季くんは眼鏡を直すと巧くんを見てからその場を去っていった。

「俺…何か悪いこと…した?奏ちゃん」
「え?あ、あはははは…」

 巧くんはよほどさっきの雅季くんが怖かったのか、少しだけ落ち込んでいた。


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