「ねえ、雅弥くん」
「あぁ?」

 声と一緒に、背中から奏の体温が伝わってくる。
 時々だけれど、こうして一緒に帰る時間が…俺にとっては幸せで仕方なかった。

「今日ね、雫流からCD借りたんだけれど…雅弥くんも聴く?」
「なんのCD?」
「私がこの間聴きたい!って言ってたCDだよ。ポルノグラフィティの」

 風が耳を掠める。
 お互い、声がしっかり聞こえるようにと少しだけ大きな声で話をする。

「あぁ、『愛が呼ぶほうへ』だっけ?」
「そう!正確に言うと、そのカップリングの曲なんだけれど」

 奏は嬉しそうにそう言った。
 その声と体温を感じながら漕いでいく自転車。

 幸せで仕方なかった。

 あのことに…気づいてからも。

「なんて曲?」
「えっとね、『夕陽と星空と僕』って歌だよ」
「ふぅん」

 夕陽を照り返す河原がやけに眩しく見えた。
 そんな光景を見たからか…奏の言った曲名がすっと入ってくる。

「でも、珍しいね?」
「何が?」
「だって、雅弥君っていつもHip-Hop系の曲聴いてるじゃない」
「俺だっていつも同じ歌聴いてるわけじゃねえっつーの」
「それもそっか」

 本当は、奏と一緒の歌を聴いてみたいって思ったから…だけれど。

「…雅季はいつもジャズばっかり聴いてるけどな」
「…うん。そうだね」

 少し笑っただろう、その声はどこか優しげに聞こえた。

 ―…なぁ、いつからだ?

 奏が雅季を見る目が変ったのは。
 雅季もまた…奏を見る目が少しだけ変わったように見えた。

 多分それは…

 俺が奏を見る目と同じだと思うんだ。

「雅弥くん?」
「なんだよ」
「どうかした?」
「なんで?」
「急に黙ったから」
「別にぃ。なんか今日は自転車が重たいなぁとは思ったけれどな」
「ちょ、何それ!」

 そう言って笑ってごまかして。
 背中を叩く小さな手を感じて。
 沈んでいく眩しい夕陽に目を細めた。

「なぁ?」
「何よ」
「『夕陽と星空と僕』だっけ。どんな歌なんだ?」
「え?えっとね…恋人と別れた後の歌かな」
「ふぅん。切ない歌じゃん」
「でも、すごい良い曲だよ」
「そっか」

 なんとなく、胸の奥がきゅっとした。

 俺は自転車を漕ぐスピードを少しだけ落として、こんなことを言ってみる。

「奏さ、歌える?」
「へ!?」
「今、ちょっと聴きたい」
「す、少しくらいなら…」
「じゃあ、それでよろしく」
「でも、下手だよ?」

 少し戸惑っている奏の声。
 でも、その内…少しだけ小さな歌声が聴こえて来た。

“あの夕陽にも星空にも僕の思いは乗せられない
 今言える事はひとつ 「サヨナラ。」って事だけ…―”

 その歌声を聴きながら、黙々と自転車を漕いだ。

 夕陽が眩しい。
 一番星が少し上に見える。

 なんだか胸の奥がやけに苦しいのは…

 あぁ、この歌声のせいかなぁ?


 何度も歌うその声は、いつしか緊張が解け優しい音色に変わっていた。

“君の形 僕の形 いつかはその形を変えて…―”

 そのフレーズが頭の隅でひっかかる。


“君への想いは太陽と共に沈んでゆけ…―”

 すっと顔を上げて、何度も聴いたその歌を一緒に口ずさんでみる。


「なぁ」
「うん?」
「切ない曲だな」
「うん…そうだね」

 夕陽がゆっくりと沈んでいく。
 背中に感じる温もりはそのまま。

 もう少しだけ…なぁ、このままでもいいよ…な。


―Fin―

歌詞抜粋:『夕陽と星空と僕』/ポルノグラフィティ より


→あとがき



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