その後、自分の部屋に彼女を呼んで相談に乗ることになった。
 最初はなかなかどう切り出したらいいのかわからなかったからなのか、学校の他愛ない話をしていたのだけれど…。

「それでね、巧くんが…」

 その名前が出た瞬間、はっとしたように彼女の顔つきが変わった。

 ―…彼のことなんだ。相談って。

 巧くんとは、雅季と雅弥の親友の蒼井巧くんのこと。よく遊びに来たりしているからよく知っているし、何度か話をしたこともある。
 雅季と同じ生徒会をやっていて、雅弥と同じサッカー部所属。容姿はいわゆるイケメン。きっとクラスでは人気者に違いない。

「…彼と何かあったの?」

 その表情を見ながら、あくまで冷静に言葉を掛ける。
 心の中はぐちゃぐちゃだ。心臓は早鐘を始めるし、嫌な気持ちが全身を駆け巡る。

「…」

 奏は少しだけ赤い顔をして俯き黙っていた。

「ゆっくりでいいから、聞いてるからさ」

 違うんだ。ゆっくりでないと…自分が保たないんだ、きっと…。

「今日の放課後ね…?」
「うん」

 奏はゆっくりと話を始めた。
 その言葉の一つ一つを逃さないように彼女を見ながらゆっくりと耳を傾ける。
 怖いという気持ちを抑えながら。

「サッカー部の練習を見ていたの」
「雅弥待ってた?」
「そう。一緒に帰ろうって約束していたから」

 帰りに最近出来たばかりの店に寄ろうと話をしていたのだと、彼女は言葉を付け加える。

「それで?」

 自分の言葉に焦りを感じながらも、ゆっくりとあくまで優しく。
 なんとなく、わかってしまったんだ。話の展開が。
 心のざわつきがおさまらない。真っ暗な闇みたいな気持ちが目の前を覆っていく。

「練習が終わって、ね?雅弥くんを待っていたら、巧くんに先に会って」

 そこまで言うと、彼女は一つ溜め息にも似た深呼吸をする。
 少しだけ上げた顔は赤く染まっていた。

「雅弥くんが来るまでの間…話をしていたの」
「うん…」

 自分の声がかすれたような、弱々しい声になっていくのがわかる。

 本当は、聞きたくはないんだ。この言葉の続きを。

 兄としての自分と、一人の男としての自分が境界線の上を行ったり来たり。
 だんだんと彼女を見ているのが辛くなってきて、ついに目を伏せてしまう。

 しかし、そのことにも彼女は気づかない。

「その時に、『好きだ』って言われたんだ…」
「そっか…」

 どこを見るわけでもなく、視線が天井へと泳いでいく。

 ―あぁ、やっぱりな。

 暫くの沈黙が部屋を訪れた。


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