《奏side》


「あぁ…もう!なかなか終わらない!!」

 そう言いながら天井を見上げる。窓際の真ん中辺りの席。机の上には日誌。
 よく、雅弥くんや雅季くんに「そんなもの、適当に書けば良い」って言われるんだけれど…私の性格がそれを許してくれない。
 でも、少し面倒に感じるのも私。

「なかなか矛盾してるよなぁ…」

 そう呟きながらまたペンを取る。外はもうだいぶ陽が傾いてきていている。

「…頑張ってるかなぁ、雅弥くん…」

 窓からそっとグラウンドを見る。サッカー部のユニフォームが目に入って、すぐに彼の姿を見つけた。
 それと…

「と、とっとと終わらせなくちゃ!」

 そう言って日誌に向かう。我ながら、結構独り言が多いとは思う。

 見つけたのは…サッカー部の練習を見ている女の子たちだった。
 誰かっていうのはわからないけれど…雅弥くんは人気があるから。きっと、雅弥くん目当ての子がたくさんいるんだと思う。
 そう思ったら、早く行かなくちゃという気持ちに駆られたのだ。

 不安か不安じゃないかと言ったら、不安。
 いくら、雅弥くんの彼女に…なれたとしても。
 と、そんなことを考えていたら、急に教室のドアが開いた。

「あれ、西園寺さん、まだ帰ってなかったんだ?」

 入ってきたのはクラスメイトの男子だった。その彼は席が近いこともあって、たまに話したりする。

「うん。私、今日日直だから」

 そう言いながら、日誌を見せる。

「あぁ、そっか。俺は机の中に忘れ物」

 彼は自分の机を指差しながら苦笑いをしている。
 そうなんだ、と一言返事をすると、私はまた日誌に向かった。

「真面目に書いてるんだね」
「うん。なんかしっかり書かなくちゃーって思うんだよね」

 彼は近くまでやってきた。彼の席がすぐ近くというのもあるのだろうけれど。でも、彼は忘れ物を取らずに…私の隣にやってきた。

「うん?どうかしたの?」

 ふっと顔を上げる。思ったよりも近くに姿があった。

「い、いや。なんでもないよ。あ、そうだ。忘れ物忘れ物…」

 彼は少し慌てた様子で机の中からノートを取り出す。しかし、私はまた日誌に目線を戻していたから、そんな様子には気づかなかった。
 また少しだけ傾いた陽が窓から入ってくる。

「…ねぇ」
「うん?」

 ふいに声を掛けられる。もう終わりかけの日誌に目線を落としたまま、私は返事をした。

「…いや、なんでもない」
「えぇ、何?気になるじゃん」

 ふふっと笑って答える。彼の顔は見ていなかったから、どんな顔をしていたかはわからなかった。

「もう、終わり?」
「うん。今ちょうど書き終わったところ」
「そっか」

 ペンを置いて、一つ小さなため息をつく。そして、ポンと日誌を閉じて彼を見た。
 彼は真っすぐ私を見ていた。

「ん?どうかした?」
「ううん…」

 そう言いながらも彼の視線の先は変わらなかった。
 なんだか、そんな様子に恥ずかしくなって私は視線を逸らす。そして、鞄に荷物を詰めて日誌を手に取った。

「私、日誌置いてこなくちゃ。それじゃあ…」

 そう言って、彼の目を見ずに教室を出ようとする。
 と、それは簡単に止められてしまった。
 腕に軽い痛みを感じる。痛くはない痛み…。彼の手が私の腕を少し強い力で捕まえていた。

「少しだけ、いいかな?話、したいんだけれど」
「…」

 私はその場に足を捕らわれて動けなくなった。


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