花のような、人だと思った。
その笑顔はパッと花開く一輪の薔薇のようで、初めて逢った時、どこか胸の奥底で何かがはじけ飛んだような…そんな感覚に襲われて。
「初めまして」
大きなアーモンド形のその瞳を細めて、淡い桜色をした唇をかすかに震わせて話す君。
きっと俺は、その時すでに…恋に落ちたんだと思う。
「初めまして」
ふわりと笑ってそう答えれば、少しだけぎこちない華やかな笑顔を見せてくれる。
さらりとした髪が風に揺れて滑らかな頬を滑る。
少しだけ紅潮した頬が冷めていくような感覚。
きっと、俺の頬も少しだけ赤かったんだろう。
それが、君との初めての出会い。
「裕次?」
「うん?」
「何、考えていたの?」
月明かりの綺麗なテラスで一人空を見上げていたら、やってきたのは君だった。
あの頃とはまた違った笑みを見せて。
「昔の、こと」
「昔?」
「そう。君と出逢った頃のこと、かな」
「昔ってほどでも、ないよ?」
「…そっか」
そうか。まだ、三年。
俺にとっては、随分遠く前のことのように思えるのだけれど。
月明かりが静かに照らすその横顔は、誰よりも綺麗だと思った。
なのに、君はこんなことを言う。
「裕次の髪、月明かりに照らされて綺麗だね」
そんなことない。
俺の髪なんかより、君の少し茶色掛かった髪の方が断然綺麗だ。
「そう、かな」
でも、今は口にしないんだ。
とっておこうと思って。
だから、変わりにそっと見上げた夜空。丸くなりかけている月がこちらを見ている。
「明日」
「うん?」
「もう、明日なんだなって、思って」
「緊張して…眠れなくなっちゃった?」
「…うん」
「そっか」
気づけば、隣に静かに座っていた君。
その君の手をそっと取ってみたりして。
「もう少し、こうしていて良い?」
そう聞いたら、君は小さく頷いた。
君は、本当に素直な人だ。
あの日、必死で探して見つけた植物園で涙を流していた君。
「一人で、泣かないでよ」
それは、どういう想いで君に伝えたのか…その時はわからなかったけれど。
今なら、なんとなくわかるんだ。
そして、こうも思った。
素直に涙を流せる君が、すごく綺麗だって。
いつだって、君は正直で素直で。嘘をつけない、そんな人。
だからこそ、俺はどんどん君に惹かれていったんだ。
間違いないよ。今だってそうだ。
「俺は、君の味方だから」
それは、俺の本心で、俺の全てだった。
花のような笑みを、見せてよ。
「ねぇ」
「なぁに?裕次」
「俺の、どこが好き?」
「突然、どうしたの?」
「なんとなく、かなぁ」
握った掌をもう一度ぎゅっと握り締めて。
そんな俺を見て少しだけクスクスと笑った君は、少ししてから一つずつ何かを確かめるように話してくれた。
俺も、すぐに答えられるよ。
だって、君のことだから。
夜風がすり抜けていく、月の晩。
辺りは静か過ぎて、この世界で君と俺と…二人しか居ないみたいだ。
「…ありがと」
「うん?」
小さな声で呟いたら、君が不思議そうな顔で覗き込んできた。
だから、その唇を奪っていくよ。
小さな小さなリップ音を立てて。
「裕次?」
いつしか取れた『お兄ちゃん』という名称も、今では本当に懐かしく感じる。
「もう、一度」
「…うん」
「愛してる」
世界でたった一人、俺だけのお姫様。
明日からは、世界でたった一人の俺のお嫁さん。
「…愛してる?」
「…愛してる」
花のような、人だと思った。
いつでも、俺の隣で笑っていて。
それが、俺の幸せだから。
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