木々が揺れている。風が、駆け抜けていったんだろう。
「風が、強いですね。今日は」
開いた窓から風が抜けて、髪を揺らしていった。
きっと、少し上でも。
「えぇ」
「でも、こういう日には気持ちが良い」
「そうでございますね」
隣からカツカツと規則正しい靴の音が聴こえる。
それは、誰でもない、彼だけの音だ。
今ではもう、そういうこともわかるの。
だって、彼は…
「…奏」
小さく囁かれたその言葉に
「なんですか?」
あの言葉を返せば…
―…ザンッ
ひとつ、大きな風が吹き抜けていった。
まるで、何か音を掻き消すかのように。
「珈琲…甘いのが良いな」
「かしこまりました。お嬢様」
かすかに残る、唇の感触を
今はまだ、少しだけ。
―Fin―
→あとがき
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