「前は、俺にそんなことを言うような人じゃなかった」

 不意に外れた敬語に、思わずドキッとする。
 風に揺れる銀色と、温かな眼差しと、その笑みが合わされば、充分…―。

「そう、でしたね」
「えぇ」

 その笑みは崩れることなく、きっと今までで一番綺麗な笑み。
 きっときっと…もっと増えていくんだろう。この人の笑みは。

「だって、柊さん…怖かったもん」
「そうでしたか?」
「そうでした」
「それは、失礼致しました。奏様」
「全くです」

 知ってる。
 私は柊さんにこんなことを言えるような人ではなかった。

 あの頃の眼は…今でもしっかり覚えている。
 冷たく閉ざしきってしまったあの、心を映していた瞳。

「そうでした」
「なんですか?」
「お茶のご用意が出来ています」
「本当ですか!やった!…って、呼んだだけじゃなかったじゃないですか」
「そうでしたか?」
「そうです」

 本日何度目かのその言葉で聞き返せば、何食わぬ顔で先ほどと同じ言葉を返してくる。

 あぁ、これが…本当の柊さんか。
 そんなことをふと思ってみた。
 今まで、いかに苦しい思いをしてきたのか…。
 それを思うと胸のどこか奥がきゅっと痛んだ。

 くすくすと笑うその笑みが、絶えませんように…―。

 そっと心の中で願ってみたりして。
 そして、もうひとつ…

「奏様?どうなさいました?」
「いえ、なんでもないですよ」


 その笑みを、ずっと隣で見ていられますように…―。



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