特製の卵粥はあっという間になくなってしまって。
 その速さは自分も彼女も驚くほどだった。

「良かった。これならきっと、早く治るね」

 ふわりと笑う彼女は本当に安心したような顔で。そんな表情ですら、今は愛しく感じた。
 …心配かけてるのに。

「わざわざありがとう。でも…なんか情けないところ見せちゃったかもしれないよね」

 苦笑いを浮かべながら、頬をかく。
 奏と二人きりの食事はすごくすごく幸せだけれど…。
 でも、今…こんな状態だし。

「そんなことないよ。風邪引いてるんだもん。仕方ないって」

 かちゃかちゃと小さく音を立てながら片づけをしている彼女をそっと盗み見。

「でも、たまには悪くないなぁ!奏ちゃんにこんなにしてもらえるんだもん」

 悪戯っぽく言ってみせると彼女はおかしそうにわらっていた。

「さぁ、そろそろ…行った方が良いよ?風邪…うつっちゃうからさ」

 本当は…もっと一緒に居たいのだけれど。
 彼女に風邪を移すわけにはいかないし。
 そんなことを考えている俺に対し、奏は少し考え事をするような素振りを見せた。

「うん?どうかした?」

 不思議に思ってそう尋ねると、彼女はふわりと微笑んでこう言った。

「それじゃあ、早く治るようにおまじないかけていってあげるよ」

「へ?おまじない…?」

 ―ちゅっ

 そう言うが早かったか。それとも、少し熱い頬にそれが触れたのが早かったか。
 はっきりわからないけれど。

「えへへ。早く治りそう…かな?」

 悪戯っぽく言う彼女の顔は、その声とは全然違って。本当に真っ赤という言葉が良く似合う。

「え?え?…えぇ!?」

 やっと何が起こったのか理解した俺は頬を触りながら変な声を出してしまった。

「奏…ちゃん?」
「ごめんね。急に。でもね、私はずっと、そう…思ってたから」

 恥ずかしそうに少し俯いて言う彼女。

 あれ?俺…熱が上がってきたのかな?
 夢とかじゃ、ないよね?

「ねぇ?」

 奏が言葉を続ける。

「何?」
「『スキ』の反対って知ってる?」
「え?…キライ…じゃないの?」

 急に発せられたその言葉の真意をつかめないまま会話は続いていく。

「残念。違うんだ」
「じゃあ、何?」
「『スキ』の反対は、さっきのこと」
「さっき?」

 言葉の意味がわからないまま、俺の言葉は疑問符を続けた。

「だから」

 そして、もう一度近くで聴こえたその音。

「『キス』は『スキ』ってことだよ?」

 目の前には真っ赤な顔をした笑顔の奏。

「…夢か何か?」
「うーん。違うと思う」

 そう言うと彼女はくすくすと笑っていた。

「なぁんて。ごめんね。こんなことして…嫌、だったよね?」

 そして、今度は眉尻を下げて情けなく笑う彼女。
 そんな彼女に俺は思い切り首を横に振った。

 そして、

 ―ちゅっ

 重なった唇は少しだけ冷たくて。

「俺も、そういう…こと」

 彼女にもらった勇気を乗せて。
 …あ。風邪も一緒に乗っちゃったかも。

 その後、暫く笑い合って。
 もう一度、キスをして。


 後日、奏が風邪を引いたのは…内緒の話。



「でも。俺…ずっと奏ちゃんは雅季のことが好きなんだと思ってた…」
「え!?なんで?」
「だって、あの時にさぁ…―」
「み、見てたの!?って、それはね…?」

 そして初めて知ったあの時の会話。
 あの時は辛く思って逃げてしまったけれど…。
 今では…幸せな会話の一つになったのだった。


―Fin―

→あとがき


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