そんなことがあってから、少し経ったある日。
夕食後。特にすることもなく、部屋で本を読んでいた時のことだ。
―コンコン。
少しだけ控えめな音が鳴り響く。
「…はい?」
ドアは開けずに声だけで返事をすると、
「あ、ごめんね。私だけど…今良いかな?」
彼女の声が返って来た。
ゆっくりと本に栞を挟み立ち上がる。それから、ドアをきぃっと音を立てて開いた。
こういう時、自分の性格を恨む時がある。
どうして、素直に喜べないのかって。
だって、自分の表情は…いつも通り、無表情に近かったと思うから。
「どうしたの?」
「えっと…これ、読み終わったから」
そう言って彼女が手渡してきたのは、ついこの間彼女に貸した一冊の本。
奏が読んでみたいと言っていたので貸したのだった。
「そう…どうだった?」
本を受け取りながら、彼女の顔をそっと見る。
風呂上りだったのか少しだけ頬が桜色に染まっていて、その表情にどことなく色気を感じた。
「すごく面白かった!最後の展開とか、全然想像つかなくて!すごいどんでん返しだよね、最後の部分」
そう言う彼女の顔はすごく楽しそうで。あまり読んだことのないと言っていた推理小説の感想をひたすら話している。
「この作家の最新刊がつい最近出たんだけれど…読む?」
「本当に!読みたい読みたい!」
その言葉と表情に思わず顔が緩んだのが自分でもわかった。
そして…すっと、さっきよりもドアを開いてこう言った。
「入れば?寒いでしょ?廊下」
それは、単純に…自分がもう少しだけ、奏と一緒に居たかったから。
ただ、それだけ。
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