書斎。いつものようにジャズを小さくかけながら本を読んでいた。
と、そこに奏がやってきた。手にはノート。きっと、今日出た宿題をやりに来たんだろう。
「あ、雅季くん!よかった、ここにいたんだ」
「何?どうしたの?」
彼女の方を向いたとき、カサッと小さな音がした。ポケットの中に入れておいた例の小さな紙袋。
彼女は近くまで来ると両手を顔の前で合わせてこう言った。
「お願い!数学の宿題教えて!全然わからないの!」
「…いいよ。どれ?」
ばれないように紙袋を少し押し込んで答える。そんな様子には気づきもしないで彼女はパッと顔を明るくしてノートを開いた。
「えっとね…この問題なんだけれど…」
こうして小さな勉強会が始まった。
「…だからこれはこういう式になって…」
「あぁ、そっか!さっすがー!雅季くんって教え方も上手だよね」
にこにこ笑顔を僕に向けながら彼女は言う。きっと僕には出来ない笑顔。それが彼女のいいところで…そして、好きなところだ。
「よーし、このままこれもやっちゃおうっと…」
ノートに目線を落として彼女は髪を縛ろうとした。が…
「…あ」
「何?」
手で髪をまとめたまま彼女は続ける。
「ヘアゴム…部屋に置いてきちゃったんだった」
そして、そのまま彼女は髪から手を離した。すとんと無造作に髪が散らばる。
「邪魔だからいつも縛ってるけれど、いいや。取りに行くの面倒だし」
そう言って彼女はペンを持った。
あぁ。今かな…。
「奏」
「ん?」
声を掛けてすっと小さな…少し皺になった紙袋を彼女の前に出す。
奏は不思議そうな顔をして紙袋と僕の顔を交互に見る。
「これ…」
「あげるよ」
僕は彼女を見てそう言った。少し恥ずかしかったけれど。
まだ不思議そうな顔をしていたけれど、彼女は素直に紙袋を開ける。
「あ…これ…」
奏はぼーっと中身を…ヘアゴムを見つめていた。
「髪、縛るんでしょ?」
「これ、雅季くんが?」
「そうじゃなかったら、渡さない」
視線を逸らす。なんだかやっぱり恥ずかしくなってきたから。
「いいの?」
「何?僕にしろって言うわけ?」
それはないねと笑いながら彼女は言った。そして、髪をさっと横の方でまとめる。
「どうかな?」
「…いいんじゃない?」
ビーズの飾りが耳元で揺れている。この間とはまたちょっと違った印象があった。
「ありがとう。こういうの欲しいなぁって思ってたんだ」
「そ…」
ふっと笑みがこぼれた。あんまりにも奏が嬉しそうだったから。
「今度からこれしていようっと」
そう言いながら彼女はペンを持った。
「これしてテストとか受けたら…ご利益あるかな?」
「それは…君の努力次第でしょ」
彼女はそうだねと笑った。
さあ、続きを始めようか。
―Fin―
→あとがき
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