後ろに温もりを感じながら切る風は、どことなく冷たくて。だけれど、走って火照った身体を冷やしていくには充分だった。
なんとなく会話が続かなくて黙ることの方が多い帰り道。思わず遠まわりする帰り道。
「ねぇ、雅弥くん」
そんな時、口を開いたのは奏だった。
「あ?何?」
「あそこの自販機でジュース買おう」
「は?なんで?喉渇いた?」
急な彼女の提案に思わず戸惑ってしまった。
「良いから良いから。ほら!止めて止めて」
背中をポンッと叩くと早くしろと催促をする。まるでさっきの巧のようだと思いながら、渋々自転車を止めた。
「雅弥くんは何飲む?」
「俺は…うーん、いいや」
なんとなくまだ口の中に残っているりんごの味。なんか他の飲み物を飲む気にならなくて買うことをやめた。
奏が買ったのはホットココア。大好きだった缶ジュースの復刻版なんだそうだ。
「良くそんな甘いの飲めるな」
「だって、好きなんだもん」
そう言いながら熱いココアを両手で持ち、また自転車に座る。
「制服に溢すなよ…?」
「だ、大丈夫よ!気をつけるもん」
そしてまた走り出す。
今度は、会話もそのままに。
「雅弥くんさ、今日…何かあった?朝から様子おかしかったでしょう?」
その会話は核心ど真ん中。
「別に…なんでもねぇよ」
「本当に?」
「おう。それより、お前もなんかあったんじゃねぇの?様子、いつもと違うだろ」
「…え?」
背中に伝わってきた感覚。それは驚きの震えだったんじゃないかと思う。
なんだ。やっぱりなんかあったのかよ。
「ふぅん」
「な、何よ」
「別に」
何もなかったかのような振り。本当は暗い色が心を支配していったのだけれど、それは見て見ぬ振り。
差し掛かった橋の上。川の向こうに沈みかけの夕陽が見えた。
「なぁ?」
「何?」
「いつから好きだった?裕兄のこと」
「え!?」
自転車だから聞けるのかな。こうやって普通に。
だって…顔見なくて済むから…さ。
「雅弥くん、何言って…」
「見てればわかるっつーの」
「…っ」
きっと、赤い顔…してんだろ?
「別に他の奴とかに言うつもりはねぇよ。安心しろ」
「…うん」
今、どんな気持ちでいる?
…裕兄のこと、考えてんだろ?
キッとブレーキを掛けて止まる橋の上。
暫く黙ったまま、俯いたまま…動かないでいた。
「どうしたの…?雅弥くん?」
心配そうな奏の声。
なぁ、裕兄。
このくらいなら、許してくれよ?
「奏。それ、ちょっとくれ」
「え?ココア?」
「ん、そう」
「いいけど…はい…っ!」
振り返って覗き込んだ奏の口に、少し触れるくらいのキスをした。
「ん。さんきゅ」
「え、ま、雅弥くん…!?」
あれ、ココアって、こんなに苦い味だったかな。
もっと…甘かった気がしたんだけれど。
まぁ、いいか。
どうせ、今は何飲んでも…苦い気がするし。
「行くぞ?」
「え、あ、うん…」
それから家に帰るまで会話はなかった。
大丈夫。
明日にはいつもの俺でいるからさ。
何もなかったかのようにしていてくれよ。
叶わぬ想いなら、いっそ消えてしまったほうが良い。
だけれど。
なぁ。でももし…奏が泣くようなことがあったら、
俺、
全力で奪いに行くから。
きっと、これが最初で最後のキス。
甘くて苦い、一度きりのキス…。
―Fin―
→あとがき
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