「…ふぁっ」

 今頃来た眠気は、良く晴れた空の下にいるからなのか。それとも屋上が気持ち良いからなのか。
 なんだか調子がでないまま終わってしまった一日。
 このままでは練習にも支障が出そうだと思い、思わず体調不良と仮病を使って休んでしまった部活。

 俺、部活サボったの初めてかもな。

 フェンスに寄りかかって見上げた空。振り返り、冷たい針金に手を掛ければグラウンドに響く声。
 本当なら今頃あの中にいるはずなのに、なんでか今はそんな自分さえ想像がつかないでいた。

「俺って意外と女々しかったのな…」

 今頃知った自分の気持ちの深さ。
 まだ確信したわけでもないのに、こんなことを考えるのは馬鹿なのかな。
 でも、意外と当たるんだ…俺の直感。

 と…。

「っいってー!」
「おっ、見事!命ー中ー」

 ボーッとしていた頭に何かが当たり、脳が揺れる。
 急いで頭を擦り振り返ると…そこにいたのは巧だった。

「た、巧…!お前、こんなところで何して…っ!」
「それはこっちの台詞。何、辛気臭い顔してるんだよ。雅弥には似合わないよ?」

 そう言いながらケラケラと笑う巧。手元には紙パックのジュース。

「ほら、雅弥の分。転がってるよ?」

 言われて見れば、足元にはアップルジュースが歪な形をして落ちていた。

「お前が投げたからだろうが!」
「ははは!確かに」

 一向に止みそうにないその笑いに呆れながら、足元に転がっている紙パックを手に取った。

「サッカー部の人が何してるの?こんな所で」
「お前に言われたかねぇっつーの」
「俺は生徒会終わった後だもん。雅弥のサボリと違ってね」

 まるでわかっていたかのようなその言い草に、思わず何も言い返せなかった。

「なんか、あった?」
「別に…っ」

 巧がフェンスに背を預けるとがしゃんと小さく音が鳴った。

「どうせ、奏ちゃんのことだろ?」
「な、なんでそう…!」
「なんだ、図星?」
「つっ…」
「ははっ!雅弥は雅季と違ってわかりやすいな」
「うるせぇっつーの」

 必死に言い返そうとするも、それはどれも無駄な足掻きで。
 思わずジュースを一気にストローで吸い上げた。

「奏ちゃんが心配していたよ。今日の雅弥は様子がおかしいって」
「べ、別に俺は…」
「彼女に言いたいことがあるなら、はっきり伝えておけば?後悔するよー?」

 顔を覗き込まれるように言われて、思わず黙り込む。
 何も話していないはずなのに。巧はいつでもそうだ。俺のことをよくわかってる。

「…さっき、すれ違ったんだ。奏ちゃんに。雅弥の足なら余裕で追いつくと思うけれど?」

 そう言って、手を出してきた巧。

「それ、走るには邪魔だろ?」

 ほらと言ってさっき投げつけてきた紙パックをよこせと催促する。

「…さんきゅっ」

 そう言って、手渡してすぐに走り出した背中。

「ふーん。青春、だね」

 そう言って小さく手を振った巧の声は俺には届かなかった。


 奏に追いついたのは、その後すぐだった。ちょうど校門をくぐり抜けようとしていたところ。

「奏!」

 柄にもなく息を切らしたまま、呼び止めた。声に反応し振り返る彼女の顔は驚きの色。

「雅弥くん、どうしたの?」
「はぁ…間に、合った…っ」

 膝に手をついてから一度深呼吸。

「あのさ、一緒に…帰らねぇ?」
「え?急に、どうしたの?」

 不思議そうに見つめる瞳は変わらず、真っすぐに射抜いてくる。

 その瞳は…今、俺を見てくれてるんだよな?

「嫌なら嫌で良いんだ。…どっち?」

 今度は俺が見つめる番。その表情は変わらず驚いていたけれど、その内…割とすぐに変わった。

「いいよ。じゃあ、自転車…取りに行くでしょう?」

 俺の大好きな笑顔に。


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