帰宅後。それぞれの部屋に戻ると、思ったよりも早く夕飯に呼ばれた。
 すごく短い時間のように感じたのに…結構長い時間を彼女と一緒に居たのかと思うと少し嬉しく感じた。

 けれど。

 夕飯時。また嫌な気持ちが心を支配していく。
 嬉しそうな兄弟たちの顔。
 それは勿論彼女も例外ではなくて。
 いつもはあまり話さない弟でさえ、優しい顔をしてぽつりぽつりと会話に入る。
 何もない振りをして一緒に会話に混ざれば…食堂を出た後に兄に言われたのはこの言葉。

「どこか…調子でも悪いのですか?」

 心配そうな彼の声色を笑顔で跳ね返す。

「全然!修一兄さんこそ、最近残業多いみたいだけれど大丈夫?」
「え、えぇ。大丈夫ですよ?」

 ふっと手を振り足早に部屋へと戻る。

 この気持ち、どう処理したら良い?

 ベッドに倒れこんで、枕に顔を埋める。
 そして、気づけばまどろみの中へと自分を沈めていた。



 …誰?

 …誰かいる?

 浅い夢の淵。うっすらと目に入ってきた明かり。
 あぁ、そのまま眠ってしまったのか。
 と、そこにありえない影。
 バッと身を起こし、その影を追う。

「きゃっ!」

 その声は…

「奏ちゃん…?」

 目の前にはいるはずのない彼女の姿。

「ごめん、裕次お兄ちゃん。勝手に入っちゃったし…それに起こしちゃった?」

 申し訳なさそうに眉を下げる彼女に笑顔で答える。

「大丈夫だよ、そうじゃないから。それよりもどうしたの?」

 ゆっくりとベッドからおりて、何気なく少しだけ開いたドアを閉める。

 そうすれば…すぐに帰ることも…なくなるでしょう?

「あの、これ」

 そう言うと真っ青に染まった本を見せる。

「見終わったから渡しに来たんだけれど、裕次お兄ちゃん寝てたから…机に置いていこうと思ってたんだ」
「そっか。わざわざありがとう」

 あぁ、あの時起きて良かった。
 そうじゃなかったら…すごく損したところだったから。

「…あれ?」
「何?」
「もう…そんな時間?」

 彼女のその姿に少し間抜けな声で質問する。
 彼女は、風呂上りの部屋着姿だったから。

「結構…。もう遅いと思うよ?」

 そのあまりに無防備な姿にどこか気持ちが熱くなる自分を覚える。

「渡しに行くの忘れちゃってて。こんな姿でごめん」

 少し恥らう彼女は頬を染めるといっそう色香を増す。

「んー。気にしないで!奏ちゃんの可愛い部屋着姿見れたし。俺、得しちゃった」

 へらっと笑って見せて、いつものように抱き締めてみせる。

 違うよ。触れたかっただけなんだ。

「もう。裕次お兄ちゃんってば」

 呆れて笑う彼女の髪に顔を埋めて、本当はその一本一本にキスをしたいその気持ちを抑えながら、彼女の匂いに頬を寄せる。
 暫く、その彼女の言う『過剰なスキンシップ』に気持ちをまかせていた。

「裕次…お兄ちゃん?」

 知らぬうちに入っていた腕の力。

 あぁ、全然だめだ。

 離そうとしない自分の身体。緩めることを忘れたその腕。

 さすがに彼女も心配そうな声。
「どうか…した?」

 どうもしないよ。

 どうかなりそうな…だけ。

「ねぇ。奏」

 いつもと違う艶色の声。少しだけ彼女の身体が震えたのがわかった。

「…うん?」

 少し身体を離したその瞬間。

 もう、言葉はなかった。

 その口を塞いだから。


 何も考えられなくさせてあげる。

 俺も、もう何も考えられないから。

 ただ、感じていて?

 ただ、感じていたいんだ。


 ごめん。


 君を好きな気持ちは


 止められない。


―Fin―

→あとがき


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