講義を受けていても、どこか上の空な今日。
 朝の楽しそうな光景。
 弟たちが彼女を見る目。
 多分、雅弥は彼女のことが好きなんじゃないかと思う。

 これは、直感。

 一緒に帰ってくることも度々。
 なんで自分は違う場所に居るんだろう。
 当たり前なのに、どうしようもないことなのに。
 その場所にいれない自分がどうしても辛い。

 だから、彼女の居る場所へ行くんだ。

 でも、気づかれたくない。
 こんな…醜い感情を抱いている自分。

 独占したい。触れていたい。誰にも渡したくはない。

「…裕次お兄ちゃんってば!」
「え?」
「運転中!ほら、ボーッとしてないで?」

 ハッとする。赤だった信号は気づけば青色に変わっていた。
 少し大粒の雨がガラスに当たっては滴り落ちる。

「ご、ごめんね。どうしたのかな、俺。あはは…疲れちゃったかな?」
「今日、忙しかったの?」
「うーん、講義はつまらなかった」
「えー、何それ…」

 少し呆れた笑顔すらも悦。
 そう、彼女が隣に居てくれれば、それだけで。

「ねぇ?」
「うん?何?奏ちゃん」

 お互い、視線はどこか他を見たまま話す会話。

「ちょっとだけ寄り道しようよ」
「寄り道?」

 いつもは俺が言う言葉を、彼女がふいに口にした。

「珍しいね。奏ちゃんがそう言うなんて」
「そうかな?」
「それで、どこに行こうか?」

 外の雨は少しおさまってきたものの、まだ車を強く叩いている。

「あのね、本屋さんに寄りたいの」
「本屋?」
「そう。ちょっと読みたい本があるんだ」

 そういう彼女。素直にそれに従い、近くの書店に向かうことにした。

「何の本?」

 少しゆっくりと歩きながら本棚の間を抜けていく。

「えっとね、写真集なんだ」
「写真…集?」
「そう!綺麗な…青の景色ばかり集めた本」

 読むというよりも見るって感じかも…と付け足しながら、彼女の足は奥へと進んでいく。
 そして、辿り着いた先は写真集の並ぶコーナー。
 そこにはさまざまな写真集が並んでいた。

「あ!あったあった。これなんだ」

 彼女が少しだけ高い場所にある本を取ろうとする。
 それを彼女の後ろからすっと手を伸ばして取った。
 ちょうど…彼女に見上げられるような体勢。後ろから抱き締めるような体勢…。

「あ…ありがとう。裕次お兄ちゃん」

 少し頬を赤くする彼女は、まだ『兄弟』というものに染まりきっていない証拠なのか。
 そんな彼女を見て見ぬ振り。

 本当は、そのまま抱き締めてしまいたかった。

「どういたしまして」

 真っ青なカバーに包まれた本を彼女にそっと渡すと、そのまま離れた。
 少し名残惜しむ彼女の背中と自分の腕。
 そう見えてしまうのは、自分のこの気持ちからだろうか。

「ねぇ?」
「な、なぁに?」
「すごく綺麗だから…見終わったら俺にも見せてよ?」

 にっこり笑いかけると、まだ少し赤い頬をそのままに彼女は嬉しそうに笑って頷いた。


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