「いったーい!何するのよ!雅弥くん!」
「ボケッと突っ立ってるからだろ?ほら、行くぞ?」
「ちょっと!待ってってば!」
「…朝から騒がしい」
「ま、雅季くんまで…」
「置いてくぞー。奏ー」
「ま、待ってってばー!」
朝から響く声が耳を通っていく。
そんな様子を笑顔で見守るのは執事の要さん。
俺はというと…少し遠くでその光景を見ているんだ。
いや、正確に言うと…彼女を見ていた。
「裕次兄ちゃん?どうしたの?」
ふっと、傍らを通った弟に声を掛けられる。
「え?あぁ…瞬くん!おはよう!」
『いつもの調子』で彼を抱き締めて何もなかったフリ。
本当はそんな余裕はどこにもないんだ。
嫉妬?焦り?なんだ、これ。
「裕次兄ちゃん?」
「あ、ごめんごめん。ほら、瞬くんもいってらっしゃい」
「裕次兄ちゃんも遅刻しないようにね?」
首を少し傾げて言う弟の髪をくしゃっとしてから、一度自室に戻る。
余裕なんて…元々どこにもない。
ここに居る限りは、きっとどこにもない。
違う、他の場所にいたってそうなんだ。
だって、彼女はそういう人。
気の置けない可愛らしい妹。
でも、妹としてなんて…俺は見てない。
だって、
「好き…だから」
ふっと溜め息と一緒に漏れ出た言葉。
抱くはずはないと思っていた抱いてはいけない想い。
止められるのならば、止めてしまいたい。
そうすれば苦しみから解放される?
違う。
きっと、もっと苦しい。
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