「裕次お兄ちゃん…?」
何度ノックしても返事のないドアの向こう側。
やっぱり寝ちゃったのかな。
それとも、どこか行ったのかな…?
「仕方ない…部屋に戻ろうかな」
行き場をなくした右手をゆっくりと下ろす。
裕次お兄ちゃんに会えないのはちょっと寂しいけれど、まぁそれは仕方ない話で。
「えぇ。部屋、戻っちゃうの?奏ちゃん」
「…え!?」
と、その時だった。
ふわりと鼻をくすぐる石鹸の匂い。
ついでに頬まで金色の綺麗な髪にくすぐられ、私の体温は一気に上がった。
「ゆ、裕次お兄ちゃん!?」
「へへ。驚いた?」
「そ、そりゃ…」
「奏ちゃん、無防備すぎるんだよぉ」
けらけらと笑う裕次お兄ちゃんの声はどこか気だるくて。
いつもの彼とは全然違っていて。
心臓がやけにうるさいのは、きっとそのせいだ。
「お、お風呂行ってたんだ?」
「んー。そうそう」
「裕次お兄ちゃん、疲れてる?」
「んーん。奏ちゃんに見たら元気出た」
すぐ後ろで感じる裕次お兄ちゃんの体温。
右肩にはだるそうに寄りかかる彼の頭があって、笑うたびにまだ少し濡れている髪がゆらゆらと揺れる。
「疲れてるなら、今度で…いいや」
私はそう言うとちょっと笑いながらそう告げた。
だって、このままじゃ…ドキドキがおさまらない。
どうにかなってしまいそうだから。
「だーめ」
「へ?」
「離さないもん」
「ゆ、裕次お兄ちゃん!」
そう言って振り向こうとした私を制止するかのように、ぐっと力強い腕が包む。
私の心臓がさらに大きい音を立てる。
「…離すわけ、ないでしょ?」
「え?」
さっきまでの声とはまた違った、大人の声。
耳元で囁かれるその声に私の顔は赤くなる一方だ。
と、
「きゃっ」
不意に開け放たれたドア。
ぐいっと引っ張られるとその中へと強引に導かれ、気づけば背中で感じるのは壁の冷たさ。
目の前には碧眼の人。
「好きな人が俺の所に折角来てくれてるっていうのに、帰すわけないでしょ?」
「…!!」
ふわりと笑っているようなその表情はどこか妖艶。
髪が濡れているからなのか、いつもよりもぐんと色っぽく見えるその人の顔から私は目を離せなくなっていた。
「今夜は、帰さないから」
「へ!?」
「よろしくね、奏ちゃん」
どこかでカチッと時計の針が動く音がした。
だけれど、私にはそれがわからない。
彼以外、何も見えなくなっていたのだから。
「大好きだよ…?」
―Fin―
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